2018年09月29日
ジグの衣替え
こんにちは!
海が荒れているため珍しく家の中で過ごしています。
休みは今日だけだから、何かしたかったけど。
普段は海が荒れていればリバーでカヤックシーバスですが・・・
地元の川は10月のシャケが遡上するタイミングでシーバスが釣り難くなるのです。
例年だと10月の1,2週目でシャケが遡上して来るようだから、まだ今日はシーバス行っても良かったのだけど、今シーズンは釣況が寂しいため、気が向きませんでした。
オカッパリで好釣らしいアジも良かったけど・・・なんだかフラッシュジギングにハマってしまったためか、エサ釣りにも気持ちが向かないのです。
それで・・・ジグの整理を思いつきました。
9月と10月を境にカヤックで使うタックルを変えようと考えていたからです。
ロッドで言うと・・・基本的にグリッサンドとフェザーライトは必ず積み込んで、そこに追加する3本目を変更するのです。
9月まではガルシアのスピニングロッドを積み込んでいました。
最もな理由はコチングです。
グリッサンドよりもライトなスピニングで、食い込みが抜群なため、コチングの水深よりも沖に行った場合にはバーチカルにワームを落としたりで使っていました。
10月からはマゴチはディープに落ちてしまいコチングが終わりとなるため、3本目はジギングロッドになります。
ちょうど例年ジギングで青物が好釣となるタイミングともマッチします。
9月までは、沖の水深あるポイントではフェザーライトに~80gのジグで対応していました。
潮が緩ければジャークするオーソドックスなジギングが出来ますが、基本的にはTGベイトでした。
タダ巻きであれば、TGベイト60gでも底取りが出来ます。
そこに10月からはジギングロッドで~150gくらいのジギングをしたいと思います。
一時期はジギングロッドばかり使っていましたが、重いジグは疲れるし、手首は慢性的に痛いし・・・そんなわけで(個人的に思う)本格的なカヤックジギングシーズンまで封印しておいたのです。
TGベイト&フラッシュジギングのライトジギングと、オーソドックスなジギングとの二刀流で秋を満喫できるか・・・
昨シーズンで言えばTGベイトでのマダイは10月、ジギングでのメーターヒラマサは11月でした。
だから、ジギングに期待が膨らむ秋に備えて、道具をチェックしなければ。
実は夏のうちから進めていたのは、不要なジグをヤフオクで売っちゃうこと。
そして足りないジグを調達すること。
その中で、どうしても足りないジグが・・・
ダイワのスローナックルが大好きなのですが、140gパンダグローのみ不足しているのです。

このジグには、これまで幾度となく良い想いをさせてもらいました。
グローピンクとパンダグローの2色を主に使っていて、自分のイメージではグローピンクでばかり釣っていると思い込んでいたのですが、ある時おこめが『いつも釣ってる白黒の使わないの?いい魚を釣っている時いつも白黒じゃね?』と・・・過去ログを確認してみたら、その通りでした。
2016/12/25
2017/04/22
2017/05/17
2017/06/09
2017/06/24
2017/07/03
2017/10/05
昨12月のジギング大会でラインブレイクしてしまったのも、パンダグロー140gだったような気がします。
100,120gはストックあるのですが、140gは残り1個・・・ロストしたら終わってしまう!!
出掛け先の釣具屋をくまなく探したり、通販サイトをチェックしたり・・・どうにか1個だけ確保できましたが、引き続き探すとします。
それから、先日からハマっているオーシャンフラッシュTG・・・このジグはどういうわけか異常に塗装が剥がれやすい。
短期間に1個のジグで何匹も釣ったためだろうか・・・もしくはタダ巻きの特性上どうしてもカツカツと歯を立てたバイトが多くなるためでしょうか。
とにかく原因は何であれ安いジグではないので、これ以上の被害が拡大しないようにウレタンコーティングしてみました。
ボロボロになってしまった60gミドキンの1個だけは、塗装を全て剥がしてオリジナルカラーに塗装し直そうと思います。
こうして道具のチェックは進み・・・他にはフック・スナップ・スイベル等の小物入れを新調して整理し直したり。
スローナックル以外は不満はなく万全の準備が整い、10月を迎えることができそうです。
これから常磐ものも美味しくなる季節・・・そろそろ鍋とかシャブシャブもいいかも!
(※釣ってから考えましょう。)

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2018年02月25日
ブログ開設5周年!
こんにちは!
ドンコ食べたさに穴釣りしたけど・・・全く釣れなかった。
意気消沈して何気なくナチュログにログインすると・・・
“ブログ開設5周年!”
思い返せば当時は確か・・・
半年限定の本社勤務で、スーツ着て山手線で通勤してた。
広尾の寮に持ち込んだノートPCでブログを開設したことが、つい最近のような気もするし遠い過去のような気もする。
当初と比べて成長したことは・・・記事を執筆するためのタイピングでしょうか(笑)
仕事でも業務日誌とかPCで文章を打ち込むことは多いですが、このタイピングは非常に役に立っている。
改めてブログ情報を確認すると・・・
・記事総数:297
・コメント総数:598
・累計アクセス数:177,495pv
時々は自分が過去に書いた記事を読み返してみるのだけど、当時の気持ちを忘れていることもあるし、文字に残しておくことも大事なのだと、記事が積み重なるほどに強く感じるようになりました。
記事もそうですが、現場で自分が積み重ねて来たことを信じ・・・その過程で得た仲間を大切にし、だけど過去だけを見るよりかは常に先を見て・・・これからも頑張りたいと思います。
カヤッキングの面では、安全面とかマナー面もそうですが、何よりもパドリングが好きな今の気持ちを末永く持ち続けていたい。
フィッシングの面では、今年の課題は・・・実はマダイを見据えております。
(マダイは内緒にしてたけど!釣れてから『実は狙ってました。』と言うよりも、有言実行でありたいと思ったから。)
その他に特に話題もないのだけれど・・・
ナチュログが5周年を教えてくれたから、記念に書いてみました。
おしまい。
★肴★
保存食のルイベ

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2017年12月30日
2017年を総括!
2017年を振り返り・・・恒例の総括記事を書きます!
(ナチュログの記事募集キャンペーン「2017年最高のギア」とのテーマに絡めた内容としてみます。)
まずは新年の釣り初めはボートでした。
2017/01/05
バイキングカヤック“忍”を模した120gのジグを使って、正月に相応しい赤い魚を釣ることが出来ました。
この回が象徴するように、今年は“アソビゴコロ”も大事にした年でした。
続いて1月に青物が釣れて驚きました。
2017/01/26
この頃からですが、今年はバーチカルなジギングが好きになった年でした。
バーチカルかキャスティングか・・・釣り方のバリエーションが増えつつ、時たま良い想いも出来ました。
2017/07/09
スピンテールでのコチングは大好きです。
そして楽しかったのはカヤックシーバスのトップゲーム・・・!
2017/07/28
2017/08/01
2017/08/04
2017/08/05
2017/08/08
2017/08/10
2017/08/12
2017/08/17
2017/08/18
2017/09/05
来シーズンはkayak55.comダービーのターゲットがシーバスらしいから、もしトップゲームでエントリー出来たら楽しいと思う。
それから、コチングと同じように大好きなのが“TGベイト”
オリジナルカラーを調達してマダイに挑んだシーズンでした。
2017/04/06
2017/11/01
このマダイは本当に嬉しかった。
それから約2週間後・・・今度は青いのが。
2017/11/14
いつか釣りたい・・・その夢が叶いました。
それから今年の目標でもあったダービーの結果は?!
2017/07/16
73cmで優勝することが出来ました!
本当に嬉しかった。
更に夢は続く・・・
2017/12/25
2017/12/25
2017/12/25
2017/12/25
一人旅を満喫して更に高級魚を味わうことが出来た・・・!
メーターヒラマサ祝い,ダービー優勝祝い,年間100漕ぎ前祝い・・・どう位置付けても良いだろうと、贅沢をしました。
そうして満喫した1年・・・
冒頭で書いた通り道具に関しても書きたいと思います。
まずは今年お世話になった思い出のルアーを!
①MMジグ(Daiwa)
このジグを逆付けして水平フォールさせる使い方で、何度も救われました。
年明け早々のワラサから始まり、ダービー優勝のヒラメもMMジグでした。
②スピンガルフ(ima)
こちらはコチングで大活躍しました。
来年もコチングしたい・・・!
③プガチョフコブラ(ima)
このルアーが信頼を勝ち取ったのは・・・カヤックシーバス!トップゲーム!
高速ドッグウォークからのポーズでバコッ!!
『出た~!乗った~!』
が口癖になりそうでした。
④TGベイト
このジグはマダイ以外にもアイナメ,ソイ,ヒラメ,ホウボウ・・・まだまだ可能性を感じる釣り方です。
来年も引き続き使用してみようと思います。
⑤TBジグ
このジグで・・・メーターヒラマサを釣ったのです。
以降は結果が出ていないのですが、デビューは鮮烈でした。
ここまでルアーの話でしたが、それよりも更に思い入れが詰まった道具があります。
それはパドルです。(愛艇:デリカ丸も当然ですが!)

スウィングスター・エンペラーは、今年の初漕ぎから使い始めました。
つまり、エンペラーで100回漕いだことになります。
朝焼けの中を沖に向かって漕ぐ清々しい時も、鳥山を追いかけるアドレナリン全開の時も、強風撤退の時も・・・常に握っていたのはパドルでした。
愛車のハンドルのように、自分の手に感触が残っています。
また、パドルと艇は大事にしたいから、また新年初漕ぎは、酒と塩でお清めをしてから出艇しようと思います。
最後に、素晴らしい2017年の締めくくりは・・・!
2017/12/28
“年間100漕ぎ”を達成して、何か気持ちに変化を感じているところです。
回数に拘る必要もないため、来年は是非とも回数より質を優先したKFを心がけたいと考えています。
積極的に遠征とか新しい釣りにも挑戦したいと思っています。
他にも、フラットフィッシュダービーが終わったことと、80cm以上の青物を釣る・・・との目標を達成できたことから、来年は魚種に拘る必要もなくなりました。
結果より楽しさ,アソビゴコロを優先して楽しみたいと思います。
では・・・
皆さん良いお年を!!

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2017年12月28日
★2017paddling-100★
年間100回漕ぐこと・・・いつからか目標としていたこと。
でも、年間100回漕いだから、どうしたと言うのか。
何も自慢にはならない。
幸いにして今年2017年は、メーターヒラマサを釣ることが出来たり、kayak55.comフラットフィッシュダービーで優勝させて頂いたり、その度に『おめでとう!』との言葉を頂けた。
釣りをする人としての性で言えば、それらの釣果の方が嬉しいし名誉なことだとも思うし、もし自慢をするならこちらの方だろう。
だけど僕は、この“年間100漕ぎ”こそ本当に真剣に向き合って来た夢でした。
何故そこまで思い入れを持ったのか・・・その理由から、改めて振り返りたいと思います。
まずは過去記事を
この記事以外にも、いつだか書いたことがありましたが・・・津波で仲間を飲み込んだ海が、あの頃は憎くて堪らなかった。
水道も復旧しない3月・・・まだ震災の数日後だった。
幸いにして実家は激しい揺れにも耐えて無傷で、電気も復旧していた。
蔵に米の蓄えがあったから、ペットボトルの緑茶で炊飯して食べていた。
でも・・・食事も喉を通らない日もあった。
その姿を心配して、食べるように促して来た母に対して、僕は怒鳴り散らした。
『仲間が死んでるかもしれない時に、飯なんか食えるか!!』
僕は30歳の今でも両親と口喧嘩はするけども、あの時ほど母に対して激しい言葉をぶつけたことはあったろうか。
“ぼっち”は、高校で隣のクラスの同級生だった。
共通の友達が多かったから、自然と遊ぶようになった。
特にBBQが忘れられない。
自由奔放な彼は、事前の準備など誰かにお任せするようなキャラだった。
僕が野菜を切っていても手伝わない。
だけど、火おこしは毎回ぼっちの役目だった。
だから、僕はBBQの回数こそ経験しているかもしれないが、今でも火おこしは不慣れだ。
ずっと不慣れでいいと思ってる。
火おこしは、ぼっちの仕事だったから。
ぼっちと同じ会社の入社試験を受けると知って・・・彼は優秀だったから、強烈なライバルだと思った。
だけど、同じ学校からは求人3名枠に対して3名しか応募しなかった。
それで晴れて同じ会社に就職したわけだけど、新入社員の頃の僕らは、とても良く夜遊びをした。
学生から社会人になれば、遊び方も付き合いも変わる。
そんな中で、ぼっちはアウトドアに興味を持ち出した頃だった。
でも、結局ぼっちと釣りに行けたのは1度だけだった。
もし今でも生きていたならば、ぼっちはどんなジャンルのアウトドアを楽しんでいたのだろう。
少なくとも、時々は僕と釣りをしていただろう。
もしかしたらカヤック漕いでたかもしれない。
そんな彼の分まで・・・とか、勝手に使命感を背負っているわけではない。
だけど、憎たらしいとまで感じた海・・・その海で思う存分に遊ばせてもらえたら、海のことを許せるかもしれない。
そう考えて、1つの節目として目指したのが“年間100漕ぎ”でした。
★2017paddling-100★
☆12/28(木)
☆EP.O
☆ウェアリング:ドライ
☆釣り竿:
FeatherLight63(TULALA)
Slow Dancer Ⅱ SLC-60L-Ⅱ(Golden Mean)
“年間”で100回漕ぐ・・・それは当然ながら、年間を通じて時間を贅沢に使っての挑戦です。
例えば釣り大会に出て“優勝する”との目標は、難易度は別として、大会の当日の頑張り次第で達成可能な目標です。
でも“年間100漕ぎ”は、どれだけ364日99漕ぎを頑張ろうが、残り1日1漕ぎが及ばなければ、振り出しに戻ってしまうのです。
この挑戦のために少なからず犠牲にして来たこともありました。
だから、今年ダメなら、もう次は難しいかも・・・と感じつつありました。
それで、先日の遠征で99漕ぎ目を漕ぎ終えてからも、まだ気は抜けなかった。
年末も残すところ数日・・・大晦日が迫るほどに、焦りも出る。
カヤックは、どうしても天候に左右される。
いくら時間や体力に余裕があろうが、出れない日は出れない。
もし99漕ぎで大晦日を迎えたら・・・冷静さを欠いて無茶な出艇もしかねない。
だから、出来れば今日・・・まだ日付に余裕があるうちに、どうにか達成したい。
そう考えて、極寒の夜明け前・・・布団から這い出た朝だった。
いつもなら飛ばしがちな運転も、今朝は冷静に安全運転だった。
例えば、このタイミングでスピード違反で捕まって免停ともなれば、そこで即チャレンジ終了となる。
そうやって、ここ数週間は本当に大事に過ごして来ました。
風邪をひいたら、おしまい。
腰を痛めたら、おしまい。
車が故障したら、おしまい。
もう目標達成は目前だ・・・残る心配は風だけだ。
予報では早朝のみ風が緩い。
爆風が吹く前の1~2時間ほど浮ければ良さそう。
途中で工場の煙突を見ると・・・真横だった。
既に吹いている。
予報は外れたのだろうか。
それとも、このあと本当に短時間だけでも凪ぐのだろうか。
心配しながらEP.Oに着いた。
車から降りると、無風だった。
でも今日はオフショア方向の風だ。
陸にいては当たらない風が、沖では強烈に吹き付ける心配がある。
明るくなって沖の海面を目視してから出よう。
こんな時いつもなら、沖の海面を目視出来てからカヤック降ろして準備することが多いけど、それでは今日はチャンスを失うかもしれない。
暗いうちからカヤック準備して・・・明るくなって沖の海面を目視したらウサギが跳んでいて・・・即カヤック片付け・・・なんてリスクも覚悟だった。
そして準備を済ませて沖の海面を眺めると・・・凪いでいる。
これは出れる!
ようやく100漕ぎが叶う!!
出艇時に苔で滑って転倒しないように気を配って、いざ出艇!!
100漕ぎ目・・・
年明け1漕ぎ目と何か変わったろうか。
わからない。
でも、100回も漕いでも、カヤックからの日の出は変わらず美しかった。

今日は、先日ダービー優勝賞品として頂いたロッドのデビュー戦だ。
明日は後輩の伝手でボートに乗ることもあり、その前に新ロッドの感触を確かめたかった。
数種類のジグを試していると・・・
風が吹き始めました。
自分の中でのプランより30分~1時間くらい早い撤退となってしまった。
100漕ぎ目を何か釣果で飾りたかったけど、それは仕方ない。
100回漕いでも、風に負けないパドラーになれたわけじゃない。
浮けただけでも幸せだ。
この、浮けることに喜びを感じることが出来る気持ち・・・100回漕いでも変わらない、それは良かった。
片付け・・・パドルを真水で洗って乾かしてたら、凍ってた。
これほど極寒の中での片付けは初めてだった。
凍てつく空気の中で帰宅後に片付け、明日のタックル準備を済ませて、いまPCに向き合って・・・終わってみれば呆気なかった気もする。
だけど、苦労はあった。
体調管理とか、その辺の努力に関しては、たかが遊びではあるけど、自分でも良くやったと思う。
これだけ遊び尽くせば、ぼっちの分も遊べたと言えるだろうか。
100回漕ぐ間も、これから先の何回もの間にも、ぼっちと漕ぐことは1度たりとも叶わない。
だけど、いつまでも過去を引きずっても仕方ない。
“これで一区切り”とでも言えば、それは自分の勝手な都合ではあって、ぼっちからすれば何も頼んでもないのに勝手に遊び惚けて勝手に納得して・・・と思われてしまうけど、それでも、良かったと思う。
ぼっちを亡くして落ち込んでた当時の僕に、別な同級生が掛けてくれた言葉を今でも覚えてる。
『亡くなった人のことを時々は思い出して話題に出すのも、弔いになるんだってな。』
て・・・こうして“年間100漕ぎ”の記録を遺せたから、僕はカヤックを続けている限り、時々は彼との思い出も懐かしみながら思い出すことが出来るだろう。
撤退の途中で、空高く舞う鳥たちに誘われて、珍しく空を見上げた。
普段は、艇の上から上空を見上げるとバランスを崩すのが怖くて、空を見上げることはない。

今日でまた、海が好きになった。

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でも、年間100回漕いだから、どうしたと言うのか。
何も自慢にはならない。
幸いにして今年2017年は、メーターヒラマサを釣ることが出来たり、kayak55.comフラットフィッシュダービーで優勝させて頂いたり、その度に『おめでとう!』との言葉を頂けた。
釣りをする人としての性で言えば、それらの釣果の方が嬉しいし名誉なことだとも思うし、もし自慢をするならこちらの方だろう。
だけど僕は、この“年間100漕ぎ”こそ本当に真剣に向き合って来た夢でした。
何故そこまで思い入れを持ったのか・・・その理由から、改めて振り返りたいと思います。
まずは過去記事を
2017/03/11
この記事以外にも、いつだか書いたことがありましたが・・・津波で仲間を飲み込んだ海が、あの頃は憎くて堪らなかった。
水道も復旧しない3月・・・まだ震災の数日後だった。
幸いにして実家は激しい揺れにも耐えて無傷で、電気も復旧していた。
蔵に米の蓄えがあったから、ペットボトルの緑茶で炊飯して食べていた。
でも・・・食事も喉を通らない日もあった。
その姿を心配して、食べるように促して来た母に対して、僕は怒鳴り散らした。
『仲間が死んでるかもしれない時に、飯なんか食えるか!!』
僕は30歳の今でも両親と口喧嘩はするけども、あの時ほど母に対して激しい言葉をぶつけたことはあったろうか。
“ぼっち”は、高校で隣のクラスの同級生だった。
共通の友達が多かったから、自然と遊ぶようになった。
特にBBQが忘れられない。
自由奔放な彼は、事前の準備など誰かにお任せするようなキャラだった。
僕が野菜を切っていても手伝わない。
だけど、火おこしは毎回ぼっちの役目だった。
だから、僕はBBQの回数こそ経験しているかもしれないが、今でも火おこしは不慣れだ。
ずっと不慣れでいいと思ってる。
火おこしは、ぼっちの仕事だったから。
ぼっちと同じ会社の入社試験を受けると知って・・・彼は優秀だったから、強烈なライバルだと思った。
だけど、同じ学校からは求人3名枠に対して3名しか応募しなかった。
それで晴れて同じ会社に就職したわけだけど、新入社員の頃の僕らは、とても良く夜遊びをした。
学生から社会人になれば、遊び方も付き合いも変わる。
そんな中で、ぼっちはアウトドアに興味を持ち出した頃だった。
でも、結局ぼっちと釣りに行けたのは1度だけだった。
もし今でも生きていたならば、ぼっちはどんなジャンルのアウトドアを楽しんでいたのだろう。
少なくとも、時々は僕と釣りをしていただろう。
もしかしたらカヤック漕いでたかもしれない。
そんな彼の分まで・・・とか、勝手に使命感を背負っているわけではない。
だけど、憎たらしいとまで感じた海・・・その海で思う存分に遊ばせてもらえたら、海のことを許せるかもしれない。
そう考えて、1つの節目として目指したのが“年間100漕ぎ”でした。
★2017paddling-100★
☆12/28(木)
☆EP.O
☆ウェアリング:ドライ
☆釣り竿:
FeatherLight63(TULALA)
Slow Dancer Ⅱ SLC-60L-Ⅱ(Golden Mean)
“年間”で100回漕ぐ・・・それは当然ながら、年間を通じて時間を贅沢に使っての挑戦です。
例えば釣り大会に出て“優勝する”との目標は、難易度は別として、大会の当日の頑張り次第で達成可能な目標です。
でも“年間100漕ぎ”は、どれだけ364日99漕ぎを頑張ろうが、残り1日1漕ぎが及ばなければ、振り出しに戻ってしまうのです。
この挑戦のために少なからず犠牲にして来たこともありました。
だから、今年ダメなら、もう次は難しいかも・・・と感じつつありました。
それで、先日の遠征で99漕ぎ目を漕ぎ終えてからも、まだ気は抜けなかった。
年末も残すところ数日・・・大晦日が迫るほどに、焦りも出る。
カヤックは、どうしても天候に左右される。
いくら時間や体力に余裕があろうが、出れない日は出れない。
もし99漕ぎで大晦日を迎えたら・・・冷静さを欠いて無茶な出艇もしかねない。
だから、出来れば今日・・・まだ日付に余裕があるうちに、どうにか達成したい。
そう考えて、極寒の夜明け前・・・布団から這い出た朝だった。
いつもなら飛ばしがちな運転も、今朝は冷静に安全運転だった。
例えば、このタイミングでスピード違反で捕まって免停ともなれば、そこで即チャレンジ終了となる。
そうやって、ここ数週間は本当に大事に過ごして来ました。
風邪をひいたら、おしまい。
腰を痛めたら、おしまい。
車が故障したら、おしまい。
もう目標達成は目前だ・・・残る心配は風だけだ。
予報では早朝のみ風が緩い。
爆風が吹く前の1~2時間ほど浮ければ良さそう。
途中で工場の煙突を見ると・・・真横だった。
既に吹いている。
予報は外れたのだろうか。
それとも、このあと本当に短時間だけでも凪ぐのだろうか。
心配しながらEP.Oに着いた。
車から降りると、無風だった。
でも今日はオフショア方向の風だ。
陸にいては当たらない風が、沖では強烈に吹き付ける心配がある。
明るくなって沖の海面を目視してから出よう。
こんな時いつもなら、沖の海面を目視出来てからカヤック降ろして準備することが多いけど、それでは今日はチャンスを失うかもしれない。
暗いうちからカヤック準備して・・・明るくなって沖の海面を目視したらウサギが跳んでいて・・・即カヤック片付け・・・なんてリスクも覚悟だった。
そして準備を済ませて沖の海面を眺めると・・・凪いでいる。
これは出れる!
ようやく100漕ぎが叶う!!
出艇時に苔で滑って転倒しないように気を配って、いざ出艇!!
100漕ぎ目・・・
年明け1漕ぎ目と何か変わったろうか。
わからない。
でも、100回も漕いでも、カヤックからの日の出は変わらず美しかった。
今日は、先日ダービー優勝賞品として頂いたロッドのデビュー戦だ。
明日は後輩の伝手でボートに乗ることもあり、その前に新ロッドの感触を確かめたかった。
数種類のジグを試していると・・・
風が吹き始めました。
自分の中でのプランより30分~1時間くらい早い撤退となってしまった。
100漕ぎ目を何か釣果で飾りたかったけど、それは仕方ない。
100回漕いでも、風に負けないパドラーになれたわけじゃない。
浮けただけでも幸せだ。
この、浮けることに喜びを感じることが出来る気持ち・・・100回漕いでも変わらない、それは良かった。
片付け・・・パドルを真水で洗って乾かしてたら、凍ってた。
これほど極寒の中での片付けは初めてだった。
凍てつく空気の中で帰宅後に片付け、明日のタックル準備を済ませて、いまPCに向き合って・・・終わってみれば呆気なかった気もする。
だけど、苦労はあった。
体調管理とか、その辺の努力に関しては、たかが遊びではあるけど、自分でも良くやったと思う。
これだけ遊び尽くせば、ぼっちの分も遊べたと言えるだろうか。
100回漕ぐ間も、これから先の何回もの間にも、ぼっちと漕ぐことは1度たりとも叶わない。
だけど、いつまでも過去を引きずっても仕方ない。
“これで一区切り”とでも言えば、それは自分の勝手な都合ではあって、ぼっちからすれば何も頼んでもないのに勝手に遊び惚けて勝手に納得して・・・と思われてしまうけど、それでも、良かったと思う。
ぼっちを亡くして落ち込んでた当時の僕に、別な同級生が掛けてくれた言葉を今でも覚えてる。
『亡くなった人のことを時々は思い出して話題に出すのも、弔いになるんだってな。』
て・・・こうして“年間100漕ぎ”の記録を遺せたから、僕はカヤックを続けている限り、時々は彼との思い出も懐かしみながら思い出すことが出来るだろう。
撤退の途中で、空高く舞う鳥たちに誘われて、珍しく空を見上げた。
普段は、艇の上から上空を見上げるとバランスを崩すのが怖くて、空を見上げることはない。
今日でまた、海が好きになった。

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2017年11月16日
【追記】メーターヒラマサを振り返る。
前記事の通りヒラマサ102cmをキャッチ出来ました。
感じたこととか・・・まだ書き足りない部分があるため、補足記事を投稿してみたいと思います。
まずはタックルデータから
☆Kayak:Profish45(VikingKayakJapan)=愛称:デリカ丸
☆Rod:SJC-78/150-KR_LFJ(Abu Garcia)
☆Reel:SALTY STAGE REVO LJ-3(Abu Garcia)
☆Line:フロロ20LB=50m(下巻き:PE2号=150m)
☆Lure:ソルティガTBジグ140gピンクグロー(DAIWA)
本題・・・
釣り上げてみての感想としては、浅い根周りで成す術なくラインブレイクした過去の数回と比べたら、ファイト中の印象は全くの別モノだった。
この海域ではオカッパリからの方が狙い易いくらいの浅い根周りにヒラマサがいるけれど、そこでヒットさせるとファーストランを止めることが出来ずに根に擦られてブレイクしてしまう。
過去に水深5mほどのエリアで73cmまでは釣ったことがあるけれど、ドラグを限界まで締めてゴリ巻きする必要があった。
その時の感覚だと『同じエリアでメーター級を掛けたら、恐らく獲れないだろう。』と思っていた。
いや、今でもそう思ってる。
(だからこそ、102cmを釣り上げた今でも、オカッパリのメーターヒラマサアングラーには尊敬の念を捨てられない。)
理由は、オカッパリや船と違い全身の体重を預けて踏ん張ることが出来ないカヤックだから、どうしても上体だけで耐えられるパワーには限界がある。
せめて水深10mとかあれば違うけど、極めて浅い根の上だと、ドラグを滑らせて“いなす”余裕が持てないから。
だからゴリ巻きすることになる。
でも、カヤックだと安定を維持するには掛けられるドラグ値にも限度がある。
バーチカルな釣りで真下に引き込まれるならまだしも、浅いエリアだとキャスティングで掛けて横に走られることにもなるから。
そうなると、タックルのパワーとかライン強度とかをどれだけヘビーにしたところで、カヤックの安定を維持するためにドラグを限界まで締め込むことはできない。
ドラグが緩いままならば、ラインを太くした意味が・・・となってしまう。
対して、沖の水深20mとかでヒットさせれば、ドラグの調整でいなすことも出来るし、勝算はあると思っていた。
それでも、沖で掛けた魚でも過去に何度か逃げられてはいる。
(獲れなかった魚の大半は浅い根周りで潜られてのブレイクだから、沖で純粋にパワー負けしてのブレイクは数える程度だけど。)
えげつないドラグ音にビビってファーストランを無理に止めようとドラグを締め過ぎてしまいブレイクとか・・・
でもラインは200mとかは巻いているのであって、落ち着いて走らせて、ファーストランが止まってから巻き取ればいいと自分に言い聞かせるようになり、そしたら次は余裕を持ちすぎてドラグ緩め過ぎて根に潜られたり・・・また逆に潜られるのを恐れてドラグを締めたらショック吸収できずにフックオフが増えたり。
そのような失敗を繰り返して、海底の地形を常にイメージするようになり、根に潜られそうならどうにか止められるギリギリまでドラグを締めたり、潜られない限りはフックオフも防止するために緩めて時間を掛けたり・・・そうした対処が自然と出来るようになっていました。
だから、今シーズンは75cmのワラサ級なら楽しむ余裕も出来ていたし、先日のサメかもしれない破壊力抜群の疾走にも落ち着きを保つことは出来た。
そうした面から、そろそろ80cm級の青物ならばキャッチできるだろうと感じていた。
だけど、僕にはなかなかヒットしなかった。
仲間からは時たま『デカいのに切られた!』との報告が聞こえて来たけど、僕の場合は時たまあるラインブレイクは根ズレによるもの。
明らかに『デカかった・・・』と思えるブレイクは、本当に先日のサメらしい魚が久々で、その前後でも本当にデカい魚との遭遇には恵まれてなかった。
だから、貴重なチャンスをモノにできたことは素直に嬉しい。
だけれど・・・冒頭にも書いた通り、浅い根周りでのヒラマサとは本当に別モノだった。
浅いエリアだと横にしか走れないから、余計にスピードに乗って疾走されてしまうのだろう。
締めたドラグも瞬く間に引き出されて、過去にはファーストランで50mとか100mとか出されたこともある。
でも今回は、下巻きのPEが見えて来なかった。
フロロ20LBを50mのロングリーダー?とする特殊なラインシステムにしてるけど、そのフロロ50mで事足りてしまったのだ。
もちろん下に引き込むトルクは凄まじかった。
だけど、横向きに走る距離は僅かだった。
それでも、序盤は根に向かうファーストランを止めるために締め込んだドラグを、確実に出し続けた。
そのパワーは間違いなくデカい魚だと確信するのに十分だった。
両手でポンピングして、左手をリールハンドルに移す間にも、右手だけではロッドを伸されてしまった。
だから過去に浅い根周りで73cmを釣った時を思い出し、ロッドは右手,脇の下,左太ももで支えて、左手はリールを巻き続けることも試してみた。
相手の走りが緩んだ僅かな間だけは巻き取ることが出来たけど、ほとんどドラグが滑ったままハンドルだけが周り続けた。
こうした“ゴリ巻き”はスピニングの方が向いていると感じる。
スピニングなら、ドラグが滑り続ける間もベールを回し続けることが出来るから。
ベールの回転以上にドラグが滑っている場合が多いけど、それでも僅かにでも巻き取り量の方が勝っている瞬間は、巻き取ることが出来ている。
これはオカッパリのヒラマサアングラーが用いる巻き方らしい。
だれに聞いたのかも忘れたけど。
・・・そうして、僅かずつでも浮いてくる相手と、乳酸が溜まり続ける僕の上体・・・相手が一瞬でも上を向いてテンションが緩んだ時・・・チャンスとばかりに巻き取ることを続けたけど、それでも、何度かは“休むチャンス”と感じて片腕ずつ力を抜いたりしてしまった。
そうしないと体が持たなかった。
例えばマグロとか、今回のヒラマサとは比べ物にならないような対象魚を相手にしているアングラーもいる。
彼らからすれば“メーターヒラマサごとき”と言われてしまうかもしれないけど、でも、こちらはカヤックなのだ。
下半身の踏ん張りが使えないのだ。
人間の体の中で最も容量が大きい筋肉は太ももだ。
との太ももが全く役に立たない体勢でのファイトを強いられているのだ。
他のスポーツ・・・釣りも含めてだけど、普通は体全体を使える人が上手だと言われる。
でもカヤックからのキャストやファイトは、腕力が主体となってしまう。
更に腕力を最大限に力むためにバランスを保つ役割として、次に必要なのが体幹だと思う。
僕はガタイの割に腕力はないけれど、腹筋と背筋には自信がある。
だから、比較的バランスは体幹で保ちながら、上体の力でロッドを支え続けた。
“釣りはスポーツ”と言うけれど、その言葉にしっくり感じない方もいるだろう。
僕もその中の1人だ。
否定はしない。
スポーツの1種ではあるとは思う。
だけど・・・“カヤックフィッシングはスポーツだ”と言われれば、とてもしっくり来る気がする。
スライダーズのフィジカル担当・・・いやこれは自称なので、他称だとチョビー氏の言葉をお借りして“体力バカ”な自分だけど、それでも、実は、恥ずかしながら・・・
今回のヒラマサとのファイトで右肩が痛みました。
ファイト時間およそ10分間のほとんどで、肩よりも高い位置に手首を持ち上げる動作を繰り返したから。
これがオカッパリとか船であれば、ロッドは下向きから腰の高さまでのポンピングでも対処できると思う。
でもカヤックは腰の高さに海面があるから、どうしても海面と平行の位置から更に上にポンピングする必要があった。
昨日の夜勤明けと、今日の夜勤前・・・海況が悪くて良かった。
カヤックを漕ぐのには、ちょっと躊躇するくらいの痛みが、今朝まで右肩に残っていました。
明日の夜勤明けには、カムバック予定ですが。
さて、着岸してからのことを書きます。
着岸後に改めて写真を撮ろうとしたら、背中に何か刺さっていることに気付きました。
『PHONE 〇〇〇・・・(数字)』
フォーン?電話?この数字は電話番号?
そうか、リリースタグか。
始めて見た。
早速電話してみました。
J『はい。ジャパンゲームフィッシングアソシエーションです。』
U『あの・・・タグ付いた魚を釣ったんですけど。』
J『ご連絡ありがとうございます。魚種と、タグ番号を教えて下さい。』
U『ヒラマサで、番号は〇〇〇・・・』
J『ただいま検索してみます。続いて大きさと、釣り上げた場所を教えて下さい。』
U『102cmです。場所は福島県いわき市です。』
J『いわき市沖ですね?差し支えなければ船の名前を・・・』
U『シーカヤック・・・です。』
J『これはずいぶん大きなのをカヤックから釣りましたね!それで・・・ごめんなさい、検索しましたがリリース時のデータが報告を受けていないようで、でもタグを配ったアングラーは記録管理されてますから、ご本人に問い合わせて報告を頂いて、U様には改めて、ご連絡頂いたお礼を含めて記念品と、同時にリリース時のデータを郵送させて頂きます。本日は本当に、おめでとうございました。』
と、言う具合でした。
協会HPで確認したら、記念品はバンダナのようです。
嬉しい・・・
そして車から80cmクーラーを降ろして、仕舞おうとしましたが・・・斜めでも入らない。
仕方なく尻尾を切り落として格納できた。
その尻尾は、焼いてガクに食べさせました。

それから、解体はどうしよう・・・
自宅の台所のまな板では間違いなく難しい。
屋外の流し台に大物用まな板があるけど・・・でも骨を断つだけでも大変そうだ。
で、初めて自分の魚を持って魚屋に行くことに。
この魚屋は家族ともども馴染みの魚屋で、魚屋の隣のコンビニに寄っているとカヤックに気付いて話しかけてくれる方です。
そうして普段は『U君!今日は何釣って来た?クーラー見せてみろ!』
『お~これはいいソイだわ。』とか
『マゴチか~これは捌くの面倒なヤツだな~』とか
『アイナメか。今は脂乗ってて時期だべ?』とか
何かと魚のウンチクを教えてくれるため、とても勉強になります。
そして日ごろから
『そのうち魚持って来てみろ!捌き方教えてやっから!』
と言われていたため、良い機会だと思い持参してみました。
到着すると、他のお客様向けの刺身を用意しているところだった。
『時間大丈夫か?これだけやっちまうから待っててな。』
と言われたため、作業を見学して待っていた。
僕も釣ってくるような30cmに満たないアジだけど、色が素晴らしい。
『これは脂が乗ってると、こういう色なんですか?』
『そうなんだよ、これは青森のアジなんだけど、最近どういうわけか北のアジがイイんだよ。北のアジがイイなんてことなかったんだけどなぁ。海が変わって来てんだよなぁ。U君よ、ヒラマサなんてよ、昔から釣れたか?ここ最近増えてんだろ?昔は俺らのとこになんて、ブリしか入って来なかったけどなぁ。今は市場にもヒラマサ入ってんだよなぁ。海がオカシイよなぁ。』
と言うウンチクから始まり、僕のヒラマサを捌き始めると、解説付きで捌き方を教えてくれた。
『ハラワタ抜いておいたんだな、血抜きも大事だけどよ、このハラワタ抜くってのが、イチバン大事なんだ。どれどれ、いや、硬いな~!こんな魚、捌いたことねぇぞ。普通は魚屋に入って来る魚は、3日とか4日の魚だからな。これはイキが良すぎる。肉も厚いし、魚じゃなくて肉を切ってるみてぇだ。これ、今日は食うなよ?大体にして釣り人ってのは、食べるの早過ぎんだよ。旨味が出るのは3日4日してからだかんな。空気に触れちゃったとこだけ色が変わるから、その表面だけ削ぎ落して食えば、1週間くらい食えるから。』
とか色々と教えてくれながら、頭まで細かく切り分けてくれた。
そして・・・
3日目に食べた刺身は絶品だった。

魚屋さんに『これだけ脂が入った魚なら、頭がイチバン旨い!』とオススメされた(ブリ大根風)ヒラマサ大根も絶品で、その煮汁で食べたラーメンも美味だった。

今朝は起きたら畑の手伝いをして、ヒラマサ大根の残りと、頭の一部の塩焼きを肴に、午前中からビール!


そうして、夜勤前まで昼寝をしたいと思います。
書きたいこと書ききれたか微妙ですが・・・おやすみなさい!

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2017/11/14
感じたこととか・・・まだ書き足りない部分があるため、補足記事を投稿してみたいと思います。
まずはタックルデータから
☆Kayak:Profish45(VikingKayakJapan)=愛称:デリカ丸
☆Rod:SJC-78/150-KR_LFJ(Abu Garcia)
☆Reel:SALTY STAGE REVO LJ-3(Abu Garcia)
☆Line:フロロ20LB=50m(下巻き:PE2号=150m)
☆Lure:ソルティガTBジグ140gピンクグロー(DAIWA)
本題・・・
釣り上げてみての感想としては、浅い根周りで成す術なくラインブレイクした過去の数回と比べたら、ファイト中の印象は全くの別モノだった。
この海域ではオカッパリからの方が狙い易いくらいの浅い根周りにヒラマサがいるけれど、そこでヒットさせるとファーストランを止めることが出来ずに根に擦られてブレイクしてしまう。
過去に水深5mほどのエリアで73cmまでは釣ったことがあるけれど、ドラグを限界まで締めてゴリ巻きする必要があった。
その時の感覚だと『同じエリアでメーター級を掛けたら、恐らく獲れないだろう。』と思っていた。
いや、今でもそう思ってる。
(だからこそ、102cmを釣り上げた今でも、オカッパリのメーターヒラマサアングラーには尊敬の念を捨てられない。)
理由は、オカッパリや船と違い全身の体重を預けて踏ん張ることが出来ないカヤックだから、どうしても上体だけで耐えられるパワーには限界がある。
せめて水深10mとかあれば違うけど、極めて浅い根の上だと、ドラグを滑らせて“いなす”余裕が持てないから。
だからゴリ巻きすることになる。
でも、カヤックだと安定を維持するには掛けられるドラグ値にも限度がある。
バーチカルな釣りで真下に引き込まれるならまだしも、浅いエリアだとキャスティングで掛けて横に走られることにもなるから。
そうなると、タックルのパワーとかライン強度とかをどれだけヘビーにしたところで、カヤックの安定を維持するためにドラグを限界まで締め込むことはできない。
ドラグが緩いままならば、ラインを太くした意味が・・・となってしまう。
対して、沖の水深20mとかでヒットさせれば、ドラグの調整でいなすことも出来るし、勝算はあると思っていた。
それでも、沖で掛けた魚でも過去に何度か逃げられてはいる。
(獲れなかった魚の大半は浅い根周りで潜られてのブレイクだから、沖で純粋にパワー負けしてのブレイクは数える程度だけど。)
えげつないドラグ音にビビってファーストランを無理に止めようとドラグを締め過ぎてしまいブレイクとか・・・
でもラインは200mとかは巻いているのであって、落ち着いて走らせて、ファーストランが止まってから巻き取ればいいと自分に言い聞かせるようになり、そしたら次は余裕を持ちすぎてドラグ緩め過ぎて根に潜られたり・・・また逆に潜られるのを恐れてドラグを締めたらショック吸収できずにフックオフが増えたり。
そのような失敗を繰り返して、海底の地形を常にイメージするようになり、根に潜られそうならどうにか止められるギリギリまでドラグを締めたり、潜られない限りはフックオフも防止するために緩めて時間を掛けたり・・・そうした対処が自然と出来るようになっていました。
だから、今シーズンは75cmのワラサ級なら楽しむ余裕も出来ていたし、先日のサメかもしれない破壊力抜群の疾走にも落ち着きを保つことは出来た。
そうした面から、そろそろ80cm級の青物ならばキャッチできるだろうと感じていた。
だけど、僕にはなかなかヒットしなかった。
仲間からは時たま『デカいのに切られた!』との報告が聞こえて来たけど、僕の場合は時たまあるラインブレイクは根ズレによるもの。
明らかに『デカかった・・・』と思えるブレイクは、本当に先日のサメらしい魚が久々で、その前後でも本当にデカい魚との遭遇には恵まれてなかった。
だから、貴重なチャンスをモノにできたことは素直に嬉しい。
だけれど・・・冒頭にも書いた通り、浅い根周りでのヒラマサとは本当に別モノだった。
浅いエリアだと横にしか走れないから、余計にスピードに乗って疾走されてしまうのだろう。
締めたドラグも瞬く間に引き出されて、過去にはファーストランで50mとか100mとか出されたこともある。
でも今回は、下巻きのPEが見えて来なかった。
フロロ20LBを50mのロングリーダー?とする特殊なラインシステムにしてるけど、そのフロロ50mで事足りてしまったのだ。
もちろん下に引き込むトルクは凄まじかった。
だけど、横向きに走る距離は僅かだった。
それでも、序盤は根に向かうファーストランを止めるために締め込んだドラグを、確実に出し続けた。
そのパワーは間違いなくデカい魚だと確信するのに十分だった。
両手でポンピングして、左手をリールハンドルに移す間にも、右手だけではロッドを伸されてしまった。
だから過去に浅い根周りで73cmを釣った時を思い出し、ロッドは右手,脇の下,左太ももで支えて、左手はリールを巻き続けることも試してみた。
相手の走りが緩んだ僅かな間だけは巻き取ることが出来たけど、ほとんどドラグが滑ったままハンドルだけが周り続けた。
こうした“ゴリ巻き”はスピニングの方が向いていると感じる。
スピニングなら、ドラグが滑り続ける間もベールを回し続けることが出来るから。
ベールの回転以上にドラグが滑っている場合が多いけど、それでも僅かにでも巻き取り量の方が勝っている瞬間は、巻き取ることが出来ている。
これはオカッパリのヒラマサアングラーが用いる巻き方らしい。
だれに聞いたのかも忘れたけど。
・・・そうして、僅かずつでも浮いてくる相手と、乳酸が溜まり続ける僕の上体・・・相手が一瞬でも上を向いてテンションが緩んだ時・・・チャンスとばかりに巻き取ることを続けたけど、それでも、何度かは“休むチャンス”と感じて片腕ずつ力を抜いたりしてしまった。
そうしないと体が持たなかった。
例えばマグロとか、今回のヒラマサとは比べ物にならないような対象魚を相手にしているアングラーもいる。
彼らからすれば“メーターヒラマサごとき”と言われてしまうかもしれないけど、でも、こちらはカヤックなのだ。
下半身の踏ん張りが使えないのだ。
人間の体の中で最も容量が大きい筋肉は太ももだ。
との太ももが全く役に立たない体勢でのファイトを強いられているのだ。
他のスポーツ・・・釣りも含めてだけど、普通は体全体を使える人が上手だと言われる。
でもカヤックからのキャストやファイトは、腕力が主体となってしまう。
更に腕力を最大限に力むためにバランスを保つ役割として、次に必要なのが体幹だと思う。
僕はガタイの割に腕力はないけれど、腹筋と背筋には自信がある。
だから、比較的バランスは体幹で保ちながら、上体の力でロッドを支え続けた。
“釣りはスポーツ”と言うけれど、その言葉にしっくり感じない方もいるだろう。
僕もその中の1人だ。
否定はしない。
スポーツの1種ではあるとは思う。
だけど・・・“カヤックフィッシングはスポーツだ”と言われれば、とてもしっくり来る気がする。
スライダーズのフィジカル担当・・・いやこれは自称なので、他称だとチョビー氏の言葉をお借りして“体力バカ”な自分だけど、それでも、実は、恥ずかしながら・・・
今回のヒラマサとのファイトで右肩が痛みました。
ファイト時間およそ10分間のほとんどで、肩よりも高い位置に手首を持ち上げる動作を繰り返したから。
これがオカッパリとか船であれば、ロッドは下向きから腰の高さまでのポンピングでも対処できると思う。
でもカヤックは腰の高さに海面があるから、どうしても海面と平行の位置から更に上にポンピングする必要があった。
昨日の夜勤明けと、今日の夜勤前・・・海況が悪くて良かった。
カヤックを漕ぐのには、ちょっと躊躇するくらいの痛みが、今朝まで右肩に残っていました。
明日の夜勤明けには、カムバック予定ですが。
さて、着岸してからのことを書きます。
着岸後に改めて写真を撮ろうとしたら、背中に何か刺さっていることに気付きました。
『PHONE 〇〇〇・・・(数字)』
フォーン?電話?この数字は電話番号?
そうか、リリースタグか。
始めて見た。
早速電話してみました。
J『はい。ジャパンゲームフィッシングアソシエーションです。』
U『あの・・・タグ付いた魚を釣ったんですけど。』
J『ご連絡ありがとうございます。魚種と、タグ番号を教えて下さい。』
U『ヒラマサで、番号は〇〇〇・・・』
J『ただいま検索してみます。続いて大きさと、釣り上げた場所を教えて下さい。』
U『102cmです。場所は福島県いわき市です。』
J『いわき市沖ですね?差し支えなければ船の名前を・・・』
U『シーカヤック・・・です。』
J『これはずいぶん大きなのをカヤックから釣りましたね!それで・・・ごめんなさい、検索しましたがリリース時のデータが報告を受けていないようで、でもタグを配ったアングラーは記録管理されてますから、ご本人に問い合わせて報告を頂いて、U様には改めて、ご連絡頂いたお礼を含めて記念品と、同時にリリース時のデータを郵送させて頂きます。本日は本当に、おめでとうございました。』
と、言う具合でした。
協会HPで確認したら、記念品はバンダナのようです。
嬉しい・・・
そして車から80cmクーラーを降ろして、仕舞おうとしましたが・・・斜めでも入らない。
仕方なく尻尾を切り落として格納できた。
その尻尾は、焼いてガクに食べさせました。

それから、解体はどうしよう・・・
自宅の台所のまな板では間違いなく難しい。
屋外の流し台に大物用まな板があるけど・・・でも骨を断つだけでも大変そうだ。
で、初めて自分の魚を持って魚屋に行くことに。
この魚屋は家族ともども馴染みの魚屋で、魚屋の隣のコンビニに寄っているとカヤックに気付いて話しかけてくれる方です。
そうして普段は『U君!今日は何釣って来た?クーラー見せてみろ!』
『お~これはいいソイだわ。』とか
『マゴチか~これは捌くの面倒なヤツだな~』とか
『アイナメか。今は脂乗ってて時期だべ?』とか
何かと魚のウンチクを教えてくれるため、とても勉強になります。
そして日ごろから
『そのうち魚持って来てみろ!捌き方教えてやっから!』
と言われていたため、良い機会だと思い持参してみました。
到着すると、他のお客様向けの刺身を用意しているところだった。
『時間大丈夫か?これだけやっちまうから待っててな。』
と言われたため、作業を見学して待っていた。
僕も釣ってくるような30cmに満たないアジだけど、色が素晴らしい。
『これは脂が乗ってると、こういう色なんですか?』
『そうなんだよ、これは青森のアジなんだけど、最近どういうわけか北のアジがイイんだよ。北のアジがイイなんてことなかったんだけどなぁ。海が変わって来てんだよなぁ。U君よ、ヒラマサなんてよ、昔から釣れたか?ここ最近増えてんだろ?昔は俺らのとこになんて、ブリしか入って来なかったけどなぁ。今は市場にもヒラマサ入ってんだよなぁ。海がオカシイよなぁ。』
と言うウンチクから始まり、僕のヒラマサを捌き始めると、解説付きで捌き方を教えてくれた。
『ハラワタ抜いておいたんだな、血抜きも大事だけどよ、このハラワタ抜くってのが、イチバン大事なんだ。どれどれ、いや、硬いな~!こんな魚、捌いたことねぇぞ。普通は魚屋に入って来る魚は、3日とか4日の魚だからな。これはイキが良すぎる。肉も厚いし、魚じゃなくて肉を切ってるみてぇだ。これ、今日は食うなよ?大体にして釣り人ってのは、食べるの早過ぎんだよ。旨味が出るのは3日4日してからだかんな。空気に触れちゃったとこだけ色が変わるから、その表面だけ削ぎ落して食えば、1週間くらい食えるから。』
とか色々と教えてくれながら、頭まで細かく切り分けてくれた。
そして・・・
3日目に食べた刺身は絶品だった。

魚屋さんに『これだけ脂が入った魚なら、頭がイチバン旨い!』とオススメされた(ブリ大根風)ヒラマサ大根も絶品で、その煮汁で食べたラーメンも美味だった。

今朝は起きたら畑の手伝いをして、ヒラマサ大根の残りと、頭の一部の塩焼きを肴に、午前中からビール!


そうして、夜勤前まで昼寝をしたいと思います。
書きたいこと書ききれたか微妙ですが・・・おやすみなさい!

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2017年03月11日
それでも・・・海で遊ぶ
こんばんは。
東日本大震災&福島原発事故から6年が過ぎました。
この話題で記事を書くことも億劫でもありますが、自分にしか書けない言葉もあるかと思い・・・そしてカヤックフィッシング界に限定されてはしまいますが、読者様方に改めて福島を見て頂けるキッカケを作ることが出来るかもしれないと考え、いま書いています。
6年・・・
正直あの日から今まで、時間の感覚には違和感があります。
6年が長かったのか短かったのか、本当に6年なのか?
今日は、津波犠牲者の同級生の墓参りに行きました。
彼との思い出の記事を・・・
2013/03/05
墓石には見慣れた彼の名前とともに“24”と享年が刻まれていました。
いつのまにか僕は30歳になりました。
でも記憶の中の彼は、永遠に24歳です。
そのことを改めて考えてみると・・・24歳の彼は、30歳の僕より大人だったかも。
今の僕の精神年齢でも、違和感なく24歳の彼と酒が呑めるような感覚がある。
と、言うことは・・・
僕は成長していないのだろうか。
彼に恥じないような“20代後半”を過ごせたのだろうか。
震災直後は、仲間を飲み込んだ海が、憎くて憎くて堪らなかった。
それでも・・・人と海とは切っても切れないもので、海に背を向けたままでは復興も進まない。
瓦礫も片付かない海で遊ぶのは不謹慎との考え方も頭にはあったのだけど、それは言い訳のような気もした。
何もかも飲み込んだ海に対して、正面から向き合おうと思った。
昔のように海で遊ぶこと、海に笑い声が戻ること・・・それが本当の復興だと考えるようになった。
そう考えて前を向けたのは半年後で、夏も終わろうとする頃だった。
こうして振り返ってみても、そして何かを考えてみても、何も答えは浮かばない。
それでも、海と向き合って来たことでカヤックフィッシングと出会い・・・
幸いにして読んで下さる方がいるブログを書くことが出来ている。
『常磐もの』との言葉も、KF界に限られた僅かの方ではあるが、覚えて頂くことが出来た。
それで何かの役に立てているとは言えないけど、常磐ものを食べてくれるカヤックアングラーが1人でも増えたら、とても嬉しい。
カヤックアングラーなどと言う人間は、多くは家庭も顧みず毎週末を海で過ごすような方だったりするかと思います。
時々は家族サービスと称して、常磐もの食の旅もいいのではないでしょうか。
一言で復興と言えども、様々な角度からの課題があります。
その中でも僕が特に願うことは、ご存知の通り“常磐もの復活”です。
その願いに対して僅かでも貢献できるとすれば、そもそものブランド名“常磐もの”を宣伝することです。
それくらいしか、僕にはできないのです。
今シーズンの目標・・・“常磐ヒラメ”でフラットフィッシュダービーを獲ること!
頑張りたいと思います。
最後に・・・
instagramご利用の方はハッシュタグ
#常磐もの
#獲物1匹ゴミ1個運動
の使用をお願い致します!
※#常磐物も過去に使用しましたが、一般的には“物”は平仮名表記で“常磐もの”のようです。

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2017年01月12日
2017初漕ぎ
こんばんは!
タイトルの通り新年“初漕ぎ”を無事に成し遂げました!
と、言うほど大げさなことでもないのですが、このところ海況にも恵まれず焦らされました。
過去2年は偶々冬に合わせてカレンダー勤務だったため、土日だけの休日であれば海況が悪ければ他の用事を済ますことで時間は潰せていたのです。
が、この冬は久しぶりに交替勤務で冬を過ごすことになりました。
2交替で12時間勤務のため休日が多くなるのですが、海況に恵まれない連休は時間を持て余してしまう。
元々昔から、時間を無駄にすることが受け入れられない性分だけど、昔(23~26才の頃)は交替勤務での冬はどう過ごしていたのだろう・・・
と言うわけで本題(初漕ぎ)に入る前に思い出してみました。
題して“みちのく冬の過ごし方”・・・俺流(笑)
※カヤックフィッシングとは掛け離れた話題が続きます。興味の無い方は後半からお読み下さい。
①サッカー
元々は野球少年だったためサッカーは上手ではないのですが、18歳で草サッカーを始めてからは週1,2回の練習は夢中でした。
冬の間もナイター練習・・・汗で濡れた髪の毛が凍る体験が出来ます(笑)
本気でウォーミングアップしないと、筋肉系の怪我を簡単に発症します。
怪我をしたくないから、強制的に体を温めるために、唐辛子・ショウガ・ニンニクを混ぜた不思議な飲み物を飲みながら練習場に向かったりしました。
思い返すと、何故そのような発想に至ったかは謎です(笑)
僕は丈夫で頑丈な体に育ったと自負しているところがあり、実際に試合中の激しい接触プレーでも怪我をしたことは無いのですが、冬の練習中には良く体の節々を痛めたものです。
それで“休む我慢”が受け入れられない自分は、走れる限りは練習を続けたものです。
そういえばチームメイトに小学校からの同級生がいたのですが、ある時、僕が足を痛めた翌週の練習で・・・
『病院行ったのか?あ゛?行ってねぇだと?!なんで行かねぇんだよ!それで無理して練習して、また悪化させて試合までに治らなかったらどうすんだよ?!お前だけの足じゃねぇんだよ!!俺、お前の分まで走るのイヤだかんね!(※今では信じられないが、当時の僕はスタミナだけはあった。技術が半人前だから、2人分の距離を走るのが僕の仕事だと言われていた笑)』
と、彼に本気で怒られたことがある。
彼は短気で血の気が多く、試合中にも夜の街でも、喧嘩スイッチが入った彼を僕が制止したことは1度や2度ではないのだけど、この時のように僕のために怒ってくれたことは、この時が初めてだった。
サッカーを辞めた今では年に1度くらい連絡を取ればいい方だけど、もし今でも彼との付き合いが続いていたら、例えばドクターストップを無視してフルマラソンを走り、膝を再起不能にしたアノ冬の僕を、彼は止めてくれたのだろうか。
※でも膝を壊してなければ今でも野球・サッカーを継続してカヤックには熱中してなかったかも。
この膝のことを思い出して、いい加減に大人なんだから、無茶はしないよう我慢も覚えないと・・・と考えて、先月は手首の快方を待ちながら漕ぐことを少しだけど我慢できました。
話が脱線し過ぎました・・・
②スノボ
23歳の冬からスノボを始めたように記憶していますが、そこから3,4年は、毎週のようにスキー場に通いました。
1人でも、郡山に用事があればボードを積んで出掛け、用事を済ませてからナイターで滑ったり・・・
連休ともなれば後輩たちを巻き込んで、土曜の朝からスノボ、その夜は郡山駅前に泊まって深酒、日曜は二日酔いで滑ったり・・・
郡山での店は“小太郎”が恒例でした。
毎年スノーシーズンになると毎週のように深酒しに訪れる若者たち・・・
しゃぶしゃぶ美味しかったなぁ~
そんなこんなで、1人でも大勢でも、とにかくスノボだった。
震災を前後して住まいは富岡町から実家いわき市に移りましたが、スキー場がある磐梯山までは変わらず2時間ほど?です。
海にも雪山にも日帰り出来る、いわき市サイコー!と、実感できる部分です。
そのスノボ・・・過去2シーズンは、実はシーズン終盤に1,2度ほど行くに止まっていました。
カヤックに熱中したこともあるかとは思います。
スノボから遠ざかってから、後輩たちが小太郎に訪れた時に『あのガタイのいいセンパイは来ないんですか?』と言われたそうで、覚えてくれていたことが嬉しくなり、また行かなきゃな、と思ったりも。
この冬・・・30歳の誕生日を迎えるこの冬に、いま行かなかったら、もう行かなくなるのかも。
それも寂しいな・・・
で、休日が多い交替勤務で過ごす久しぶりの、この冬、、、シーズン券、買っちゃいました~!
“福島5”なる、このシーズン券は、福島県内の5か所のスキー場で使用できて、それが11月末までに購入すれば¥29,800!!
これは元を取れるでしょ!
5か所のうち3か所は、思い入れのある沼尻、雪質が良い穴場的な箕輪、ナイターで利用する猪苗代!
こりゃ買いだな、と判断して11月末に早々と購入・・・結果としては、年末までの想定外の雪不足に苛立つ(汗)
それでも、年末年始で2度ほど行けました。
体力低下は否めないものの・・・冷たい空気の中で汗ばむ感覚は、やっぱ心地よい!

③管釣り
管理釣り場、エリアトラウト。
僕の場合はフライで、それも時期も冬に限定です。
原発直後の、海から遠ざかっていた時期だけは夏も通いましたが。
釣ることも楽しいですが、今では食材確保が目的になりつつあります。
林養魚場のトラウトは美味しいから、白河FSが大好きです。
真冬の雪が舞う季節になると、大型トラウトがベタ底に密集するようで、その時期にベタ底までフライを沈める術を駆使すれば、実は大型だけ選んだように釣ることが出来る・・・の理屈を、ある時に某エリアのオーナーに手ほどき頂きまして、それからは美味しい想いをさせて頂いております(笑)
その獲物で燻製を覚えてから、更に楽しくなりました。
燻製には“干す”工程があるため、空気が乾燥する冬に向いているわけで・・・自然の仕組みは、うまくできたものです。
でも、管釣りは今のところは、一冬に1回でいいかな・・・と思うところです。
父が行きたいようなので、来月あたりに行こうかな。
さて・・・そろそろ本題に。
★2017paddling-1★
☆1/12(木)
実は夜勤明けだった前日にもカヤック車載して海まで来てみたのですが・・・浮けたとしても釣りが出来る状況ではなかったため我慢しました。
これまで新年初漕ぎにはアイナメを釣ることが叶っていたので、今年の初漕ぎもそうしたい。
そうして海快晴と睨めっこし・・・
日の出前のEP“N”に向かいました。
風に弱いNは、冬の間は出艇場所の候補にすら挙がらないのが常ですが、Nからの出艇を画策したのには理由がありました。
前日まで海は荒れていました。
海は濁ったことでしょう。
湾内に位置するEP“O”に比べて、外洋に面したNの方が濁りからの回復も早いようで、実は荒れた直後はNの方が釣況の回復も早い・・・と言うことに、このところ実績から気付いたのです。
それで、出来ることなら、このタイミングはNから出たい。
そう考えてのNでしたが、港で車から降りると、顔に吹き付ける冷たい風・・・潔くOに移動しました(笑)
Oに着いたのは6:00
日の出の時刻は迫っていますが、新年初漕ぎの儀式として“お清め”はやりたい。
新パドルのスウィングスター・エンペラーも、初使用である。

そうして日の出と同時の6:50出艇
予想通りの濁り・・・
実は今日はイレギュラーに昼から出勤のため、許された時間は2時間!
短時間だから1タックルにしました。
選択したのはフェザーライト!
選択理由は・・・
フェザーライト=FeatherLight=羽のように軽い
⇒羽⇒鳥⇒酉年
初漕ぎに相応しいじゃん!(笑)
いや、まぁ・・・バサロでアイナメ釣りたかっただけです(笑)
バサロを主体に水深7m~17mまで頑張りましたが、、、ノーバイト~!
着岸すると漁師さんが『釣れたげ?ダメだったのが?荒れだがんなぁ・・・潮が入れ替わんねぇどダメがなぁ・・・』
と・・・僕が懸念材料としていた点は、漁師さんも同じ考えだった、間違ってなかったのかな。
悔しいけど、こんなもんだ。
久し振りのパドリングで手首は快調だったし、新パドルは軽くて快適だったし、冷たい空気は心地よかった。
次回は仕留めます!おやすみなさい。

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2016年12月28日
2016年を総括!
PN:いわき2011こと・・・Uです!
今年もお世話になりました。
年末恒例の総括記事です!
(昨年に引き続き)年間“100漕ぎ”を目標に掲げました。
漕ぐことも・釣ることも・・・年間を通じて、そして回数を重ねれば、ヘタクソなりにも何か見えて来るモノ・得られるモノがあるだろうとの考えからです。
結果としては・・・※()内はEP=エントリーポイント
1月:5漕ぎ(O×5)
2月:4漕ぎ(三番瀬×3,鮫川×1)
3月:4漕ぎ(鮫川×1,O×1,三番瀬×2)
4月:6漕ぎ(O×3,三番瀬×1,鮫川×1,バス×1)
5月:4漕ぎ(O×2,N×2)
6月:8漕ぎ(O×5,N×1,鮫川×2)
7月:9漕ぎ(O×6,鮫川×1,N×2)
8月:5漕ぎ(N×2,鮫川×3)
9月:7漕ぎ(O×2,N×2,逗子,東伊豆?,夏井川×1)
10月:12漕ぎ(O×6,鮫川×2,N×4)
11月:8漕ぎ(O×5,三番瀬×3)
12月:1漕ぎ(聖地・富津)
合計:73漕ぎ・・・
言い訳を並べると・・・
2月~8月を日勤勤務で過ごしたために出艇機会が土日のみに限られていたこと、4月末に祖父が亡くなり数週間は出艇を自粛したこと、大雨の影響で鮫川ですら出艇できない日が去年と違い多かったこと、交替勤務に復帰した後半はペースが上がったが手首を痛めてしまったこと。
これらを考えると、来年こそは100漕ぎ達成の可能性があるのでは・・・頑張ります!
EPごとに集計してみると・・・
O・・・35回
N・・・13回
鮫川&夏井川・・・12回
三番瀬・・・9回
その他・・・4回
続いて釣果ですが、単純に数で分析してみます。
泳がせ釣りのエサのために釣ったイワシとか、カヤックハゼでの釣果は除きます。
※()内は匹/回数での平均値
1月:8匹(1.60)
2月:9匹(2.25)
3月:3匹(0.75)
4月:10匹(1.67)
5月:11匹(2.75)
6月:27匹(3.38)
7月:20匹(2.22)
8月:11匹(2.20)
9月:0※東伊豆?遠征時にアジ・ソウダ等が釣れたけど、普段と違うスタイルの釣り方だったため除きます。
10月:52匹(4.73)※カヤックハゼの1回は除いて計算しました。
11月:19匹(2.38)
12月:2匹(2.00)
合計:172匹(2.39)・・・釣況は浮き沈み激しい印象がありましたが、振り返ってみれば楽しめた年でした。
ここからは記事をランキングに・・・
まずはブログPV総計順でベスト3を!
第3位:総計512PV
30万キロを走破した無敵の相棒デリカを売却した話題です。
デリカが遺してくれた金額で新艇Profish45を購入しました。
そのため新艇の愛称は“デリカ丸”なのです。
第2位:総計514PV
新艇プロフィッシュの納艇&進水式の話題です。
第1位:総計545PV
ナブラ撃ち・・・この釣りがしたくてカヤックを購入したのです。
そしてデビューシーズンの2013年は“S海岸”から出艇して、この釣りに魅せられていました。
原発事故の影響で漁をしないから魚が増えたのか、震災直後は特に鳥山の楽園でした。
でも鳥山に限って言えば、年々大人しくなってしまっているように感じます。
それでも、ヒラメが大きかったり、ヒラマサが釣れたり、期間限定ですがペンペン・ソウダ・メジが釣れたりと、地元海域のスケールの大きさは魅力的ですが!
それと、この記事の回では今シーズン出番が少なかったサスケ剛力が登場していますが・・・
今シーズン開幕から主力ミノーはダイビングジョーでした。
主にトローリングで使用していて、ナブラを見つけたらルアー交換せずにダイビングジョーをキャストすることが多かったシーズンでした。
でも、この回はサスケ剛力120の方が圧倒的に反応を得られたように、ナブラ撃ちではダイビングジョーは潜り過ぎるのかも?と感じています。
来春は、トローリングはダイビングジョーを継続使用するとして、ナブラ撃ちには剛力120を使用するようなイメージでいます。
剛力130の方がストック多いのですが、ルアーケースへの収納のしやすさで120が便利に感じてしまいました。
以上はPV総計ですから、読者様からの評価です。
評価とは言え、記事にアクセスした段階でPVはカウントされるのでしょうから、読んだ結果の評価ではなく・・・タイトルの評価?(笑)
続きまして・・・
今シーズンの“爆”釣行ベスト5~!!
第5位:4/24(日)
海水温10℃の開幕と同時に好釣!そしてバーチカルに目覚めたシーズンとなりました。
第4位:7/3(日)
遠征のホエール氏を迎えて、伝説の1日が・・・!!
第3位:10/22(土)
カヤックからカジキを釣った伝説のアングラーである石垣島のS氏が、カジキを釣った時のジグ・・・スライドアクターが入魂と同時にフィーバーに!!
第2位:10/25(火)
泳がせ釣りやTGベイトスリムも交えながら、スライドアクターの爆走は止まらない!!
第1位:10/28(金)
スライドアクターの爆走が失速したけど・・・TGベイトスリムと、ナマラジグで“爆”継続~!!
番外編・・・カヤックシーバス編
カヤックシーバスは本当に楽しい!
番外編・・・アクシデント編
相棒が・・・
番外編・・・スランプ脱出編
スランプ脱出のキッカケを得られた“すり鉢ポイント”を伝授してくれたチョビー氏に感謝する!
それと、どむオ氏が加わりスライダーズ5名に!
こうして振り返り、言葉で総括するのは難しいですが、過去記事を挿入することで充実感だけは思い返すことが出来ました。
新年も“獲物1匹ゴミ1個運動”と“常磐もの”をよろしくお願い致します!

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2016年01月01日
2015総括☆

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
2016年も
KFアングラーに幸あれ。
いわきの海よ豊かであれ。
常磐ものよ美味しくあれ。
新年早々に飲んだくれています、東北湘南人です!!
元旦は初日の出を愛艇から拝みたいと考えていましたが、強風のため出艇は断念しました。
写真は11/29の物です。
元日には新年の抱負を述べるべきでしょうが、その前に昨年中の振り返りをしてみます。
長文になります。永久保存版になります!笑
まず2015初出艇は1/4でした。
バサロでアイナメを釣る・・・このパターンを1月中の3回ほどの出艇で満喫できたことから始まり、2015年は“幅を広げる”ことが出来た年でした。
FB(フェイスブック)等を振り返って、2015年の釣行回数を数えてみました。
※回数・日付ともに完全に正確とは言い切れないですが。
☆KF回数:70回
☆オカッパリ回数:23回
☆合計釣行回数:93回
100回は釣行していると感じていましたが、意外にも100回到達していませんでした。
FBにも投稿していない釣行もあると思うから、結局は100回到達してそうですが。
それにしても物凄い回数です。
当方サラリーマンですから。
交替勤務で、夜勤前後の日中に短時間釣行したり、休日が多いことも影響はしていますが、それにしても多いです。
回数だけで言えば満喫できました、とても満足です。
体力的にも無茶はしていたと思うため、自分の生涯で釣行回数はピークとなる可能性もある2015年だったかと思います。
回数では満足していますが、釣果の方は・・・とりわけ青物で言えば、非常に残念な年でした。
鳥山にはほとんど遭遇できずに・・・意気揚々とチャレンジしていたkayak55青物ダービーも応募出来ずでした。
でも、KFを通じて出会いに恵まれた点と、KFとしての幅が広がった点では、とても有意義な年だったと思います。
まずはセブンビーチメンバーとの出会いと、セブンビーチメンバー内でもKFに特化した4名とKFチーム“SLIDERS”を名乗るようになったこと。
スライダーズメンバー間での情報交換・協力により地元KFの開拓が加速したこと。
2月にはKF初遠征で“ふなばし三番瀬”に挑戦!
そこでホエール氏ら数人の方々と出会うことが出来ました。
カヤックと出会う前からも常に自分のスタイルの中に埋め込まれていたと思われる“楽しむ”点を、三番瀬シーバスで久しぶりに思い出せたと感じています。
青物シーズン開幕は5/23でした。
海水温14℃が境目だとの予想が的中したことが印象深いです。
翌日には鳥山に遭遇して・・・F氏がブリサイズに僅かに及ばないサイズをキャッチしました。
この日のヒットパターンから、フォール中のバイトの心地よさを覚えたことが、ジグにチャレンジするキッカケの1つにはなったかと思います。
キャスティングばかりだった過去から、2015年はバーチカルな釣りにもチャレンジしました。
地元KFだと20m以内のシャローのため、工夫を凝らしてのバーチカル開拓でした。
2015年はKF用に新しいロッドを新調しました。
①B-AREA FUN ※管理釣り場でバスを釣るために設計されたようで“バス エリア ファン”の略かと思いますが、三番瀬シーバスでの使用を目的として購入したため、自分では“ベイ エリア ファン”と呼んでいます笑
②Glissando 66
③Feather Light 63
3本ともに自分のKFでのスタイルに合うように考え、納得して購入したロッドです。
とても満足しています。
続いて魚種の話をすると・・・
青物が中心だった過去に比べて、釣れる魚種が増えました。
それぞれにスタイル・パターンを開拓できた部分もあるため、とても満足しています。
それぞれ振り返ってみたいと思います。
①バサロでアイナメ
特に同行のF氏と満喫出来た日の記事を。
②マダイ
まずは6/12にスピンテールでマダイに出会えたことが始まりでした。
それから後日ザリガニテンヤでの開拓にチャレンジしました。
更にザリガニテンヤは他の根魚にも効果的で・・・カヤックから釣りたいと思っていたソイにも出会えました。
③カヤックリバーシーバス(橋脚パターン)
地元リバーシーバスはメジャーなジャンルでもあるけど、カヤックならではのパターンを確立できれば、海が荒れている日でもカヤックが楽しめると考え、開拓にチャレンジしました。
6/20に初キャッチに成功
7/1には橋脚での複数キャッチに成功しました。
オカッパリ・ウェーディングでは届かない橋脚を、ランダムトゥイッチャーでタイトに撃ってのパターンでした。
その後も7月中に何度か似たパターンで楽しむことが出来ましたが、ランカーも多い地元リバーにおいて何故か相変わらずフッコサイズ・・・
8/11には、違うパターンではありますが初のスズキサイズに出会えました。
しかし、その後・・・僕のカヤックシーバス熱に拍車を掛ける出来事が起こります・・・
④桧原湖カヤックバス
桧原湖に遠征してキャンプを楽しみつつバスを探しましたが、出会うことは叶わず・・・
悔しいイメージを払しょくするために、翌日にはリバーシーバスを。
そこで自分の中での2015流行語の1つである“背びれ”に出会いました。
⑤カヤックリバーシーバス(背びれパターン)
その後は5日間で70オーバー10匹?!
それも8lbライトタックルで・・・完全にリバーシーバスに魅せられた期間でした。
特に満喫したのはタンデム相方がランカーをキャッチした8/21です。
それから9/4には自身初のランカーシーバスと出会うことが叶いました。
⑥ヒラメ
2015年はKFでもオカッパリでもヒラメには恵まれました。
KFではスピンテールやジグで・・・オカッパリではサビキで釣った活き餌を泳がせて・・・
代表して1記事を。
それらのヒラメを利用しての昆布締めに始まり、2015年は釣魚料理も楽しむことが出来ました。
それから“日の出とともに出艇→昼食にラーメン”の休日行動パターンが確立された年でもありました。
他に思い出と言えば・・・
まずスナメリとの出会い。
デジカメでの動画撮影に満足できずに、GoProを購入する決め手となりました。
そしてそして・・・ウミガメ!ホヌ!
撮影は出来なかったですが、カヤックデビューしてから最も逢いたかったウミガメを目の前に、泣きそうになりました。
こうして2015年も、無事に満喫することが出来ました。
日々チャレンジを忘れず臆せずに、新年も楽しみたいと思います!

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2015年06月20日
カヤックシーバス報告と、じいちゃんの話
こんにちは!
週末のこの時間がやって参りました。
土日の連浮の1日目が終わり、振り返りながら明日に備えて酒を飲もうとしている、東北の湘南人です☆
今日は生憎の海況です。
川で漕ぎつつシーバスで遊ぶか、たまには陸っぱりで、家族のリクエスト通りアジを調達するか…
直前まで気分はアジでしたが、急きょカヤック積んで川でシーバスにしました。
実は、じぃちゃんが入院しました。
じぃちゃんは認知症が進み、ここ半月ほどは昼夜逆転したリズムで、夜中に出歩くから家族も寝不足が続いている状況でした。
庭で転んだり、そもそも目が悪いけど、足腰も日に日に弱っているようでした。
GWに従兄弟の結婚式があり、茨城までの移動も体力的に不安なことから、じぃちゃんは留守番…となりかけた時は、僕と弟で両親を説得し、連れて行きました。
孫の結婚式に出れるのも、これが最後になる可能性もある…口にするべきではないけど、弟もそう感じていたと思う。
ひぃばあちゃんは、96歳までピンピンしてたけど、風邪で寝込んだまま寝たきりになった。
その時の経験から、年寄りは弱り始めたら、呆気ないことと、孝行したいと思った時には、もう遅いこと、僕ら兄弟は知っていた。
だから、じぃちゃんが認知症と診断されてから、自分に出来ること…じぃちゃんの好きな刺身を、鱈腹食わせてやっぺ!て考えた。
認知症で孫が仕事に行ったこともわからないのに、釣りに行った日だけは夕方まで覚えていて『刺身、食えるのか?』と庭まで出迎えてクーラーを覗き込む、じぃちゃん。
大したことではないけど、孝行できてるのかな、と少しは感じることが出来てた。
先日の鯛も、冗談で『じぃちゃん生きてるうちに、また鯛なんて釣って来れっかわかんねーからな、いっぱい食いなよ!』とか言ってたっけな。
ま、そんなわけだから、じぃちゃんが入院したってなったら、アジを釣る気にもなれなくなって、川を選んだわけです。
前置きが長くなったけど…
カヤックシーバスの報告します!
結果から言うと…セイゴ1匹!
実は、川でのシーバスは初めてのGETでした!
ガングリップロッドとランダムトゥイッチャーの組み合わせ…三番瀬を彷彿とさせる?(笑)
海が荒れていたからか、ウェーディングでのルアーマンが多くいました。
その中に少林寺マスター様もいました。
休憩がてらカヤック降りて、隣で一緒にウェーディング(笑)
そういえば今日は、少林寺さんのブログで紹介されていた『東や』で飲み会です。
先ほどお会いした時に、そのことを話すの忘れた…
それから、着岸すると話し掛けて来る方が…
このブログの読者様でした!
カヤックフィッシング…始めましょうよ(^^)/~~~
あ、やばい、そろそろ時間がない。
それでは今日はここまで!


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週末のこの時間がやって参りました。
土日の連浮の1日目が終わり、振り返りながら明日に備えて酒を飲もうとしている、東北の湘南人です☆
今日は生憎の海況です。
川で漕ぎつつシーバスで遊ぶか、たまには陸っぱりで、家族のリクエスト通りアジを調達するか…
直前まで気分はアジでしたが、急きょカヤック積んで川でシーバスにしました。
実は、じぃちゃんが入院しました。
じぃちゃんは認知症が進み、ここ半月ほどは昼夜逆転したリズムで、夜中に出歩くから家族も寝不足が続いている状況でした。
庭で転んだり、そもそも目が悪いけど、足腰も日に日に弱っているようでした。
GWに従兄弟の結婚式があり、茨城までの移動も体力的に不安なことから、じぃちゃんは留守番…となりかけた時は、僕と弟で両親を説得し、連れて行きました。
孫の結婚式に出れるのも、これが最後になる可能性もある…口にするべきではないけど、弟もそう感じていたと思う。
ひぃばあちゃんは、96歳までピンピンしてたけど、風邪で寝込んだまま寝たきりになった。
その時の経験から、年寄りは弱り始めたら、呆気ないことと、孝行したいと思った時には、もう遅いこと、僕ら兄弟は知っていた。
だから、じぃちゃんが認知症と診断されてから、自分に出来ること…じぃちゃんの好きな刺身を、鱈腹食わせてやっぺ!て考えた。
認知症で孫が仕事に行ったこともわからないのに、釣りに行った日だけは夕方まで覚えていて『刺身、食えるのか?』と庭まで出迎えてクーラーを覗き込む、じぃちゃん。
大したことではないけど、孝行できてるのかな、と少しは感じることが出来てた。
先日の鯛も、冗談で『じぃちゃん生きてるうちに、また鯛なんて釣って来れっかわかんねーからな、いっぱい食いなよ!』とか言ってたっけな。
ま、そんなわけだから、じぃちゃんが入院したってなったら、アジを釣る気にもなれなくなって、川を選んだわけです。
前置きが長くなったけど…
カヤックシーバスの報告します!
結果から言うと…セイゴ1匹!
実は、川でのシーバスは初めてのGETでした!
ガングリップロッドとランダムトゥイッチャーの組み合わせ…三番瀬を彷彿とさせる?(笑)
海が荒れていたからか、ウェーディングでのルアーマンが多くいました。
その中に少林寺マスター様もいました。
休憩がてらカヤック降りて、隣で一緒にウェーディング(笑)
そういえば今日は、少林寺さんのブログで紹介されていた『東や』で飲み会です。
先ほどお会いした時に、そのことを話すの忘れた…
それから、着岸すると話し掛けて来る方が…
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カヤックフィッシング…始めましょうよ(^^)/~~~
あ、やばい、そろそろ時間がない。
それでは今日はここまで!


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2014年07月22日
KF初GET~1周年☆

※釣果報告ではありません、画像は1年前のものです。
今日は夜勤明けで、夜は元上司の定年パーティーです。
個人的に大きなご迷惑をお掛けしてしまった方のため、単独で粗品をお渡ししたいと考え、夜勤帰りの足でそのまま買い物をして来ました。
帰宅して祖父母と昼食を食べて、新居の庭で伐採した木々を実家に運んで来た弟を手伝いながら(邪魔して?)釣り談義をしていたら、この時間に・・・夜の飲酒に備えて仮眠を取りたいところだけど、今日はどうしても投稿したかった。
KF初GETから1周年です。
当時のこと、それから1年の変化を、振り返ってみたいと思います。
6月の進水式を経て何度目かの出艇でした。
まだソロ出艇に慣れず岸から500m以内でプカプカしていた頃です。
ポイントは、今シーズンは工事のため出艇場所として利用出来ていない“S海岸”です。
KFと出会うきっかけとなったのもS海岸でした。
※2013.3.5投稿の“生い立ち⑧夏”参照
当時は、きっかけを大事にしたいと考え、初GETはS海岸にしたいと拘って通っていました。
2013.7.22
鳥の気配にも期待できる日和でした。
海岸沿いに並ぶテトラのすぐ沖側です。
たまたまサーフからキャストしていた父の姿が確認できるくらいの近距離でした。
テトラ方向から自分がロッドを構える沖方向へ激しい鳥山が移動して来ます。
もう、はっきりとイナワラ達の背中が水面を割って確認できます。
今となっては、一瞬の出来事だったように感じる。
直下降して水面にダイブする鳥の爆撃が、艇の両脇を通り過ぎ・・・その間に恐怖すら覚えながらも自分は前方にキャストしていた。
沸騰する鍋の中のようにボコボコとイナワラが狂喜乱舞する中で、ルアーが素通り出来るはずもなく・・・ギューン!・・・フッ・・・フッキングの動作のタイミングすら取れないままフックオフしてしまうほど、勢い良くルアーに襲い掛かってきます。
2,3度目でフッキングし、恐らく当時は慌てふためいて追い合わせの余裕などなかったと思う。
そして、経験したことのないファイトが開始された。
1年前に同クラスのイナダを数匹は釣っているが、足場の良いサーフと慣れない艇の上の差だろうか、主導権を握ることすら出来ず、艇ごと引きずられてしまう。
正直、姿を見るまでは得体の知れない魚か、青物であればブリサイズかと疑うほどのオーラを、PE0.8号(今シーズンは1.5号を使用中)を通して伝わってくる。
ようやく艇の下にギラギラとした魚体が見え、サーフでは味わえないそのアングルに圧倒される。
水面まで浮かせては潜られる繰り返し・・・水深3~5mほどのドシャローなポイントのため下に潜るにも限度が有り、すぐ横に走る。
底は根もない砂地のため擦れて切られる心配はない。
あとはフックオフだけ気をつけなければ。
艇の真横に寄せてネットに手を伸ばそうと左手をロッドから離すと、情けなくも消耗している右手では簡単にロッドを寝かされてしまう。
また左手も添えてロッドを起こすことを数回繰り返し、ようやくネットイン。
普通なら、ここで歓喜の雄叫びでも、というタイミングだろうけど、カヤック上でランディングする行為が魚の大小に関わらず初めての自分は、顔をニヤケさせる余裕するなく次の行動に移った。
艇上で暴れる獲物を、ボチャン・・・などということにもなれば寝込むほどに後悔するだろう。
当時は足元に備えていたクーラーボックスに、ネットから慎重に移す。
そして針を外すことすら不安を覚え、ルアーは口に掛かったままラインをカット。
クーラーボックスの蓋を勢いよく閉めて、ようやくのガッツポーズ・・・いや、放心状態でそんな高いテンションを発揮するどころではなかったかもしれない。
一部始終をサーフから眺めていた父からの着信に気づくが、落ち着いて電話に出れる心境ではない。
急いで岸に向かって漕ぎ出す。
波打ち際で血抜きをして、一息・・・鳥山はまだ続いているが、なんだろう、この疲弊しきった心身の状態は。。。
ここまで書くと、ずいぶんと盛っているように聞こえてしまうかもしれないが、自分にとっては極々真面目に書いている。
何もかも慣れないまま、初めてづくしで、気持ちは張りつめたまま、艇上で力を抜くことすら出来なかった、当時のこと。
握力も肩も腰も全てが疲弊していて、もう1匹釣ったら、岸まで漕いで戻れない・・・と真剣に思っていました。
今となって振り返れば、ロッドを片手に漕ぎながらでも進めるような距離しか出てなかったのに(笑)
そして、その日を境にしばらくは、カヤックフィッシングの先輩方をものすごく尊敬しました。
みんな、アスリートかよと思っていました。
それくらい、あの日の体力の消耗は激しかったんだと思う。
慣れとか、力の抜きどころとか、気の持ちようとかで、今じゃいくらか自然に釣ることができるけど。
いま思い出すと可笑しくさえ思えてしまうけど、それが自分の初GETの思い出です。
改めて記念に測定すると60cm2.3kgだった。
そんなに大きくはない、でも魚の太り具合と、鳥山の激しさは、いまだにあの時が一番だったと思う。
あれから何が変わったのか。
昨シーズンは初GETから少々間が空いてしまったが、夏の終わり頃に数匹、今度は1匹毎に落ち着きを伴いながら釣り重ねることが出来た。
活き絞めの方法も、前回の投稿の通り。
バタバタ暴れさせたままクーラーに押し込んだ1匹目を思えば、自分でもいくらか成長を実感できる。
1匹目を釣った直後から、伸ばされたフックを見て驚き、ラバーネットに絡むフックを艇上で解く難しさに悩み、そうしてシングルフックに交換しながら夜を過ごしたり。
ネットからはみ出す魚体に圧倒されたのを思い出してギャフを発注したり。
自分を客観的に見て「お前、何に向かってるんだ、何を目指してるつもりだ。」と問いかけたくなる程に、ワラサを釣ることに熱心に向き合うようになったと思っています。
初GETで俺の目を圧倒してくれた、あの日の1匹が、自分の原点となりました、感謝です。
そして、その身の味わいも忘れずに覚えています。
そういえば、握力の消耗に関して、自分はKFデビュー前から何故か気づいて実践したことがあります。
それは、パドルの握り方です。
逗子のカヤックスクールでフェザリングを教わった後に、どうしても違和感を覚えて考え込みました。
フェザリングは一般的には右手をメインに持ち、右手首を起用に返しながら、左側を漕ぐタイミングまで左手は添えるだけ。
この右と左を、自分は逆にしました。
自分は野球をしていたけど、右バッターの場合は左手を強く握って右手は添えるだけと教わります。
※これも時代と共に多様化しているようだけど。
その感覚からすれば、左手をメインで握る方が体が覚えやすいと感じました。
それから、ロッドは右手で持つので、いざ沖に到着した時に、右手はパドリングで疲れてたんじゃ話にならない。
極力、右手の握力を守るように思い立ちました。
そのことをスクールの校長に相談すると、パドルが逆角度だと商品が限られてしまうかもしれないけど、考え方は間違ってはいないと答えて頂けて、自由にフェザー角を付けられるタイプを探して購入しました。
購入の段階でこのことを考えていたことを振り返ると、自分はいったい、どれだけ大物を釣る自信があったのか、不思議でならない。
ましてや、上に書いたように、カヤック上でのファイトが陸っぱりよりも遥かにタフだということすら、当時はわからなかったわけだから。
お前は、岸から300mでメーターブリでも釣るつもりだったのか、と自分で突っ込みたくなる。
最後に、今後の目標を。
釣ってみたいのは、まずサイズに限らずカンパチ、ヒラマサ、シイラ。
それから、ワラサのサイズアップを繰り返しての、いつかはブリを釣ってみたい。
あとは・・・職場の夜食に刺身を差し入れする度に某先輩が「マグロは?え、カヤックでは釣れないものなの?」
とリクエストして来ます。
この先輩は当然、釣りとか海の知識は皆無なインドア系の方なのですが、毎回ウマいと言って食べてくれる姿を見ていると・・・はい、メジで良ければ、いつかきっと・・・
夢はデッカく、また1年後に、もっともっとスケールの大きな振り返りが出来ることを目標として、これからのハイシーズンを頑張ります。




2013年03月16日
キンモクセイ
『代替エネルギー』の件名では過激な表現もしてしまいました。
お気を悪くされた方がいらっしゃいましたらお許しください。
気持ちを切り替えて落ち着いた話題を。
昨晩の仕事帰り、中華料理屋で夕飯を食べました。
1人での食事だったので色々と考え事もしていました。
ビールを飲みながら水餃子を食べては、双葉郡大熊町の餃子屋を思い出して懐かしんだり・・・
しかし中華料理屋はアルコールの種類が豊富ではないことが多いですよね。
普段はあまり飲まない果実酒の欄に目を向けてみました。
『キンモクセイをロックでお願いします。』
思い出した、ガキの頃の秋の香り!
下校途中でキンモクセイの香りに気付いて秋を感じ、そこでハゼ釣りの季節だと気付く。
そして、週末にはハゼの唐揚げを食べていた。
実に懐かしいことを思い出した!(笑)
こういう感覚は、忘れずにいたいです。
訪問ありがとうございました。
夏まではカヤックフィッシングの準備期間のため釣果的な話題は載せられませんが、購入検討の話題とか陸っぱりからの釣りの話題は載せていきますので、是非お付き合い下さい!
また、プロフィール代わりにと書き溜めておいた約10件の記事を、生い立ちとの件名で3/5に一斉公開しましたので、そちらも遡ってご覧頂けると嬉しいです。
また、アフィリエイトを掲載しております。
実際に使用している釣り具等を宣伝していますので、是非お買い求め下さい
2013年03月05日
生い立ち⑧夏
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冬の間はスノボで、春先には野球・ソフトボールが忙しかった。
2012年
梅雨が明け、アジ釣りのシーズン。
相変わらず、20cm強のアジが気持ちよく釣れた。
この夏はBBQにもハマった。
職場の先輩・後輩・地元の友達・・・友達の友達は友達の精神で、仲間の輪を広げつつ、釣りをしながらのBBQが恒例となった。
朝の暗いうちから後輩が火起こしをする脇で、アジ釣りの準備をする。
朝ご飯には先輩がフライパンでパスタを作ったくれた。潮風に吹かれながらの朝飯は、最高に旨かった。
肉も焼きながら、アジが釣れれば刺身や塩焼きで食べた。
豆アジやハナダイが釣れれば泳がせて、カンパチやマトウダイも釣っては食べた。
BBQなのに、刺身醤油とニンニクは欠かせなかった。
震災の辛い思い出を忘れられる、非日常の贅沢な休日。
震災の辛い時間を共有した仲間と過ごす、気を許した時間。
みんな、元気な笑顔になって、また来週から仕事を頑張ろうと思えた。
コウナゴやシラスの漁が解禁しないから、いわき沿岸は、言い過ぎかもしれないけどフィッシュイーターの楽園になった。
海岸には連日、鳥山ができて、イワシが打ち上げられていた。
10/20
父からの鳥山の情報で、普段は釣りをしない砂浜に来てみた。
車を止めて海岸線を180°見回すと、確かに鳥山はあった。
それも、岸からのキャストで届きそうな距離に。
ルアーロッドはなかったので、車に積んであった磯竿とメタルジグを持って走った。
サーフでのルアーなどやらないので、ウェーダーもないから裸足で波打ち際に立った。
この年は残暑が厳しかったとは言えもう10月で、足は冷たかったけど。
目を凝らしてナブラを追い、走り寄って思いっきり投げる。
普通に釣れば父の方がウマいが、失礼ながら父にこの釣りはできないだろうと思った。
人並み以上には運動を続けている20代の自分が、息を切らしながら走っていたのだから。
移動し続けるナブラを、ひたすら走って追いかけた。
50~60cmのイナダを8匹釣ったところで、クーラーも閉まらないし、お終いとした。
妹に寿司飯を用意させ、その夜は寿司パーティーだった。
翌日も、翌週も、海岸でナブラを探した。
けれど、ルアーが届く距離には、なかなか近づいて来なかった。
たまたま海を眺めたあの日だけ、運が良かったなと思いつつ、どうにか釣ってやりたいと考えるようになった。


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冬の間はスノボで、春先には野球・ソフトボールが忙しかった。
2012年
梅雨が明け、アジ釣りのシーズン。
相変わらず、20cm強のアジが気持ちよく釣れた。
この夏はBBQにもハマった。
職場の先輩・後輩・地元の友達・・・友達の友達は友達の精神で、仲間の輪を広げつつ、釣りをしながらのBBQが恒例となった。
朝の暗いうちから後輩が火起こしをする脇で、アジ釣りの準備をする。
朝ご飯には先輩がフライパンでパスタを作ったくれた。潮風に吹かれながらの朝飯は、最高に旨かった。
肉も焼きながら、アジが釣れれば刺身や塩焼きで食べた。
豆アジやハナダイが釣れれば泳がせて、カンパチやマトウダイも釣っては食べた。
BBQなのに、刺身醤油とニンニクは欠かせなかった。
震災の辛い思い出を忘れられる、非日常の贅沢な休日。
震災の辛い時間を共有した仲間と過ごす、気を許した時間。
みんな、元気な笑顔になって、また来週から仕事を頑張ろうと思えた。
コウナゴやシラスの漁が解禁しないから、いわき沿岸は、言い過ぎかもしれないけどフィッシュイーターの楽園になった。
海岸には連日、鳥山ができて、イワシが打ち上げられていた。
10/20
父からの鳥山の情報で、普段は釣りをしない砂浜に来てみた。
車を止めて海岸線を180°見回すと、確かに鳥山はあった。
それも、岸からのキャストで届きそうな距離に。
ルアーロッドはなかったので、車に積んであった磯竿とメタルジグを持って走った。
サーフでのルアーなどやらないので、ウェーダーもないから裸足で波打ち際に立った。
この年は残暑が厳しかったとは言えもう10月で、足は冷たかったけど。
目を凝らしてナブラを追い、走り寄って思いっきり投げる。
普通に釣れば父の方がウマいが、失礼ながら父にこの釣りはできないだろうと思った。
人並み以上には運動を続けている20代の自分が、息を切らしながら走っていたのだから。
移動し続けるナブラを、ひたすら走って追いかけた。
50~60cmのイナダを8匹釣ったところで、クーラーも閉まらないし、お終いとした。
妹に寿司飯を用意させ、その夜は寿司パーティーだった。
翌日も、翌週も、海岸でナブラを探した。
けれど、ルアーが届く距離には、なかなか近づいて来なかった。
たまたま海を眺めたあの日だけ、運が良かったなと思いつつ、どうにか釣ってやりたいと考えるようになった。

2013年03月05日
生い立ち⑦天変地異
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次の夏は、確かにやって来た。
だけど、前年の夏とは訳が違っていた。
震災を挟んで、地元の海や釣り事情は大きく様変わりした。
震災を機に再び実家に住むことになったが、しばらくは釣りをする気にはなれなかった。
汚染された海で、食べる楽しみがないのに釣る気にもなれなかったし、たくさんの人を飲み込んだ海に憎しみすら覚えた。
釣りはできない。大好きな野球やサッカーもできない。休日の過ごし方が思いつかない。
自分なりに色々なことを考えては、現実逃避してみたり、本当に腐った状態で数か月を過ごした。
少しずつ、腐った自分に歯止めをかけるためにも、元の生活を取り戻そうと努めた。
まず魚を食べないでも楽しめる釣りとは・・・というわけでエリアフィッシングを始めた。
フライに夢中になり、エリア通いを続けているうちに夏が終わろうとしていた。
そのうち、それまで目をそむけていた海に、目を向ける気になってきた。
海岸沿いをドライブした。
津波の爪痕に言葉を失った。
豆アジを釣った最寄りの港は、沖防のテトラポットに自販機が引っかかっていた。
衝撃を受けながらも、その現実を受け止めようと覚悟を決めた自分もいた。
海釣り再開だ。
放射能汚染と向き合わなければならないわけだが、知識はあったから安心だった。
父は、魚のサンプリング結果をPCでチェックしていた。
8/30
豆アジ釣りに出かけた。
その日は簡単には釣れなかった。
ようやく釣れた1匹を、泳がせてみた。
元々ヒラメがいる港なので、イメージの中にはヒラメしかなかった。
足元に豆アジを落として、竿受けにセットし、更に豆アジを釣ろうと後ろを向いて別な竿を取り、向き直ると・・・泳がせの竿が水面に突っ込んでいる!!
竿受けから外してタモ入れするとヒラメではなく、30cmくらいのカンパチだった。
小さな港の奥までカンパチが入って来るということが、当時の自分の想像の中にはなかったので驚いたが、1匹釣れたら他にもいるだろうということで、まずはエサとなる豆アジを調達しなければ。
港の反対側には釣り人が集まっていて、何やら活気があった。
立て続けに竿がしなっていた。
どうやら1本針に沖アミのウキ釣りでアジを狙っていたオジサン方が、カンパチに次々と仕掛けを切られているようだった。
みんながコマセを巻いているなら豆アジも寄っているかもしれないと思い、近くにお邪魔させてもらった。
トリックサビキにブロックアミを引っ掛けて釣りを始めると、すぐに豆アジが掛かった。
数匹まとめて釣りたかったので、ゆっくり巻き上げて来ると・・・ズキュ~ン!!
サビキに掛かった豆アジに、カンパチが食いついたようで、サビキの針が1本だけ切れていた。
もう一度サビキを投入し、当たったらすぐに回収する。
カンパチに強奪されないように数匹の豆アジを集め、磯竿で泳がせを始めた。
そうしてカンパチの連発が始まり、ワカシも1匹混じって、カンパチは8匹だった。
サイズは25~35cmだった。
刺身や塩焼きで食べた。
震災後始めて、自分で釣った海の魚を食べた。
サンプリング結果から回遊魚は大丈夫というのもあったし、汚染された魚を食べたところでの健康への影響度合いと、食べたい物を我慢する残念度合いを天秤にかけたら、自分は、食べたい物は食べることにした。
自分はアンチ喫煙主義。タバコ1箱のお代でビール飲む方が好き。喫煙に比べたらセシウムなど軽いものだ。
アイナメやドンコは、しばらくは我慢だけど。
その後も毎週、カンパチを釣った。
海に通うようになって、震災前後の海の変化もわかってきた。
とにかく、地盤が落ちている。
満潮になると港の市場前まで水が上がって来る。
水深で1mほど深くなっているようだった。
堤防が崩れたり、テトラが流されているところもあったから、港の内側まで潮通しが良くなっているように感じた。
カンパチが釣れるようになったのも、そういったことが影響しているかもしれない。
また、アジも大きかった。豆アジよりも、塩焼きサイズのアジが釣れるようになった。
まだまだ釣りをする人は、震災前に比べたらかなり少ない時期だったから、混雑していないということでは、快適な釣りができた。
海の変わりようを感じながら、釣りを楽しむ生活が戻ってきた。
堤防でのアジ釣り・泳がせ釣りには第一精工の受〇郎シリーズが重宝します!


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だけど、前年の夏とは訳が違っていた。
震災を挟んで、地元の海や釣り事情は大きく様変わりした。
震災を機に再び実家に住むことになったが、しばらくは釣りをする気にはなれなかった。
汚染された海で、食べる楽しみがないのに釣る気にもなれなかったし、たくさんの人を飲み込んだ海に憎しみすら覚えた。
釣りはできない。大好きな野球やサッカーもできない。休日の過ごし方が思いつかない。
自分なりに色々なことを考えては、現実逃避してみたり、本当に腐った状態で数か月を過ごした。
少しずつ、腐った自分に歯止めをかけるためにも、元の生活を取り戻そうと努めた。
まず魚を食べないでも楽しめる釣りとは・・・というわけでエリアフィッシングを始めた。
フライに夢中になり、エリア通いを続けているうちに夏が終わろうとしていた。
そのうち、それまで目をそむけていた海に、目を向ける気になってきた。
海岸沿いをドライブした。
津波の爪痕に言葉を失った。
豆アジを釣った最寄りの港は、沖防のテトラポットに自販機が引っかかっていた。
衝撃を受けながらも、その現実を受け止めようと覚悟を決めた自分もいた。
海釣り再開だ。
放射能汚染と向き合わなければならないわけだが、知識はあったから安心だった。
父は、魚のサンプリング結果をPCでチェックしていた。
8/30
豆アジ釣りに出かけた。
その日は簡単には釣れなかった。
ようやく釣れた1匹を、泳がせてみた。
元々ヒラメがいる港なので、イメージの中にはヒラメしかなかった。
足元に豆アジを落として、竿受けにセットし、更に豆アジを釣ろうと後ろを向いて別な竿を取り、向き直ると・・・泳がせの竿が水面に突っ込んでいる!!
竿受けから外してタモ入れするとヒラメではなく、30cmくらいのカンパチだった。
小さな港の奥までカンパチが入って来るということが、当時の自分の想像の中にはなかったので驚いたが、1匹釣れたら他にもいるだろうということで、まずはエサとなる豆アジを調達しなければ。
港の反対側には釣り人が集まっていて、何やら活気があった。
立て続けに竿がしなっていた。
どうやら1本針に沖アミのウキ釣りでアジを狙っていたオジサン方が、カンパチに次々と仕掛けを切られているようだった。
みんながコマセを巻いているなら豆アジも寄っているかもしれないと思い、近くにお邪魔させてもらった。
トリックサビキにブロックアミを引っ掛けて釣りを始めると、すぐに豆アジが掛かった。
数匹まとめて釣りたかったので、ゆっくり巻き上げて来ると・・・ズキュ~ン!!
サビキに掛かった豆アジに、カンパチが食いついたようで、サビキの針が1本だけ切れていた。
もう一度サビキを投入し、当たったらすぐに回収する。
カンパチに強奪されないように数匹の豆アジを集め、磯竿で泳がせを始めた。
そうしてカンパチの連発が始まり、ワカシも1匹混じって、カンパチは8匹だった。
サイズは25~35cmだった。
刺身や塩焼きで食べた。
震災後始めて、自分で釣った海の魚を食べた。
サンプリング結果から回遊魚は大丈夫というのもあったし、汚染された魚を食べたところでの健康への影響度合いと、食べたい物を我慢する残念度合いを天秤にかけたら、自分は、食べたい物は食べることにした。
自分はアンチ喫煙主義。タバコ1箱のお代でビール飲む方が好き。喫煙に比べたらセシウムなど軽いものだ。
アイナメやドンコは、しばらくは我慢だけど。
その後も毎週、カンパチを釣った。
海に通うようになって、震災前後の海の変化もわかってきた。
とにかく、地盤が落ちている。
満潮になると港の市場前まで水が上がって来る。
水深で1mほど深くなっているようだった。
堤防が崩れたり、テトラが流されているところもあったから、港の内側まで潮通しが良くなっているように感じた。
カンパチが釣れるようになったのも、そういったことが影響しているかもしれない。
また、アジも大きかった。豆アジよりも、塩焼きサイズのアジが釣れるようになった。
まだまだ釣りをする人は、震災前に比べたらかなり少ない時期だったから、混雑していないということでは、快適な釣りができた。
海の変わりようを感じながら、釣りを楽しむ生活が戻ってきた。
堤防でのアジ釣り・泳がせ釣りには第一精工の受〇郎シリーズが重宝します!

2013年03月05日
生い立ち⑥豆アジ
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※画像は当時の豆アジではないです。
2010年の夏だったか、父と豆アジを釣ったことがある。
※実家は車で40分だったので、予定のない休日は日帰りで帰省することもあった。
普段の父の釣りとしては、イメージになかった釣りだ。
サビキに無数の豆アジが群がる。
堤防に車を横付けして、クロックスを履いて座りながらの釣りの、気軽さが心地よかった。
豆アジを釣っては母に揚げてもらい、ビールを飲んだ。
※家のルールというか、魚は釣った本人が捌き、火を使った調理の段階から母にお願いするのが習慣になっている。
母も魚は捌けるけど、釣りを楽しんで帰って、面倒なところだけ母に任せるのは如何なものか・・・というわけで、父の見よう見まねでいつからか刺身も捌くようになっていた。上手いか下手かは別としてだけど。
豆アジを何度も釣っては持ち帰り、母に揚げてもらった。
揚げたては美味しくて人気メニューだったが、何度も続けば家族も飽きて来た。
もう少し大きな魚ならキャッチ&リリースということにして釣りを楽しむこともできるが、豆アジをキャッチ&リリースというのは・・・そもそも釣らなくていいや、となってしまう。
それで、豆アジは我慢して、また次の夏を楽しみにすることにした。
↓トリック仕掛けはこちら↓
http://amzn.to/ZkPnFR





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2010年の夏だったか、父と豆アジを釣ったことがある。
※実家は車で40分だったので、予定のない休日は日帰りで帰省することもあった。
普段の父の釣りとしては、イメージになかった釣りだ。
サビキに無数の豆アジが群がる。
堤防に車を横付けして、クロックスを履いて座りながらの釣りの、気軽さが心地よかった。
豆アジを釣っては母に揚げてもらい、ビールを飲んだ。
※家のルールというか、魚は釣った本人が捌き、火を使った調理の段階から母にお願いするのが習慣になっている。
母も魚は捌けるけど、釣りを楽しんで帰って、面倒なところだけ母に任せるのは如何なものか・・・というわけで、父の見よう見まねでいつからか刺身も捌くようになっていた。上手いか下手かは別としてだけど。
豆アジを何度も釣っては持ち帰り、母に揚げてもらった。
揚げたては美味しくて人気メニューだったが、何度も続けば家族も飽きて来た。
もう少し大きな魚ならキャッチ&リリースということにして釣りを楽しむこともできるが、豆アジをキャッチ&リリースというのは・・・そもそも釣らなくていいや、となってしまう。
それで、豆アジは我慢して、また次の夏を楽しみにすることにした。
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2013年03月05日
生い立ち⑤ぼっち
20110311
津波で亡くなった同級生、ぼっち。
同じ学校から同じ会社に就職した、ぼっち。
彼との思い出にも、釣りの話がある。
何度か『おい、釣り教えろ!』と迫られながら、ぼっちとの約束を果たせないでいた。
理由は、どうせ教えるなら、できれば釣らせてあげたいと思っていたから。
自分にとっては頻繁に行く中の1回だけど、ぼっちにとっては貴重な1回だ。
それで釣れなかったら、もう釣りに興味を持たないかもしれない。
そう考えると、責任のようなものを感じた。
ある日の午後、1人で富岡港に行き、何匹かのドンコを釣った。
水の色が、何とも言えない、好きな色だった。
こういう色の日は、釣れる気がした。
ぼっちを呼ぼう、そう思い付いた。何故か急にそう思って、実行した。
今からだと帰りは夜になること、釣れるとは限らないことを電話で説明した上で行きたいか聞いてみたら、喜んで乗ってくれた。
ヘッドライトを取りに帰って、ぼっちを拾って請戸港に。
まず手本だと言ってドンコを釣ってみせた。
目の前での釣果に、ぼっちはテンションを上げて、俺に続いた。
そうして、デッカいドンコを釣った。
その時ぼっちが、どう感じたか、どれくらい楽しんでくれたかわからないけど、確かにあの日、日が暮れた請戸港で、ヘッドライトに照らされた竿先に夢中になった、ぼっちと俺がいた。
大事にしたい、貴重な思い出。
津波で亡くなった同級生、ぼっち。
同じ学校から同じ会社に就職した、ぼっち。
彼との思い出にも、釣りの話がある。
何度か『おい、釣り教えろ!』と迫られながら、ぼっちとの約束を果たせないでいた。
理由は、どうせ教えるなら、できれば釣らせてあげたいと思っていたから。
自分にとっては頻繁に行く中の1回だけど、ぼっちにとっては貴重な1回だ。
それで釣れなかったら、もう釣りに興味を持たないかもしれない。
そう考えると、責任のようなものを感じた。
ある日の午後、1人で富岡港に行き、何匹かのドンコを釣った。
水の色が、何とも言えない、好きな色だった。
こういう色の日は、釣れる気がした。
ぼっちを呼ぼう、そう思い付いた。何故か急にそう思って、実行した。
今からだと帰りは夜になること、釣れるとは限らないことを電話で説明した上で行きたいか聞いてみたら、喜んで乗ってくれた。
ヘッドライトを取りに帰って、ぼっちを拾って請戸港に。
まず手本だと言ってドンコを釣ってみせた。
目の前での釣果に、ぼっちはテンションを上げて、俺に続いた。
そうして、デッカいドンコを釣った。
その時ぼっちが、どう感じたか、どれくらい楽しんでくれたかわからないけど、確かにあの日、日が暮れた請戸港で、ヘッドライトに照らされた竿先に夢中になった、ぼっちと俺がいた。
大事にしたい、貴重な思い出。
2013年03月05日
生い立ち④双葉郡
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二十歳で就職を機に、実家を離れて双葉郡に住み始めた。
成人、就職、車も手に入れたし、15歳から離れていた野球も再開して、当然ながら遊び方も変わった。
今までは父や同級生と出掛けていた釣りは、相方がいないことと忙しさから、頻度は減っていった。
でも、4年弱しか住めなかった双葉郡だけど、それでも思い返せば色々な釣りをした気がする。
富岡港ではワームでメバル、ソイ、アイナメ。
地元で覚えたエサ釣りは、富岡港では見かけない釣りだったけど、やっぱりアイナメやドンコは釣れた。
請戸港のハゼはデカくて楽しかった。
原発脇でヒラメの養殖をしていたから、ハゼやメバルの外道で小さなヒラメが釣れたりもした。
たまにはバスも釣った。
父の思い出話から知った坂下ダムにも行った。
桜満開の中で、スプーンで釣れるヤマメは美しかった。
そんな双葉郡での思い出、忘れられない風景、大切な時間、お金じゃ買えない、プライスレス!

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成人、就職、車も手に入れたし、15歳から離れていた野球も再開して、当然ながら遊び方も変わった。
今までは父や同級生と出掛けていた釣りは、相方がいないことと忙しさから、頻度は減っていった。
でも、4年弱しか住めなかった双葉郡だけど、それでも思い返せば色々な釣りをした気がする。
富岡港ではワームでメバル、ソイ、アイナメ。
地元で覚えたエサ釣りは、富岡港では見かけない釣りだったけど、やっぱりアイナメやドンコは釣れた。
請戸港のハゼはデカくて楽しかった。
原発脇でヒラメの養殖をしていたから、ハゼやメバルの外道で小さなヒラメが釣れたりもした。
たまにはバスも釣った。
父の思い出話から知った坂下ダムにも行った。
桜満開の中で、スプーンで釣れるヤマメは美しかった。
そんな双葉郡での思い出、忘れられない風景、大切な時間、お金じゃ買えない、プライスレス!
2013年03月05日
生い立ち③アイナメ
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中学の後半は、勉強から逃げるように、部活と釣りの毎日だった。
中学を卒業してからは、自分でルアーロッドや磯竿を買い、色々な釣りに興味を持った。
お気に入りは、父に教わったアイナメ釣り。
5mの磯竿で、テトラポットの際に、重りと針だけのシンプルな仕掛けで、エサを落とす。
魚に食わせるまででも、父のアイナメ釣りには深いノウハウがあった。
魚が掛かれば、穴に潜られないように、5号の糸で引っこ抜く。
40cmのアイナメともなると、強烈な突っ込みに興奮させられた。
その頃、ルアーロッドも買った。
ライトなタックル。
4lbのラインに、ジグヘッドやスプーンで、ウグイ、メバル、バスなんかを釣った。
lb…ポンドという単位は、釣りで覚えた。
1号の糸の強さはは約4lbで、1号の錘は約4gだと知った。
1ozは28g、1ft=12in=30.48cm…タックル選びは、算数みたいだった。
http://amzn.to/ZkOfBT

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中学を卒業してからは、自分でルアーロッドや磯竿を買い、色々な釣りに興味を持った。
お気に入りは、父に教わったアイナメ釣り。
5mの磯竿で、テトラポットの際に、重りと針だけのシンプルな仕掛けで、エサを落とす。
魚に食わせるまででも、父のアイナメ釣りには深いノウハウがあった。
魚が掛かれば、穴に潜られないように、5号の糸で引っこ抜く。
40cmのアイナメともなると、強烈な突っ込みに興奮させられた。
その頃、ルアーロッドも買った。
ライトなタックル。
4lbのラインに、ジグヘッドやスプーンで、ウグイ、メバル、バスなんかを釣った。
lb…ポンドという単位は、釣りで覚えた。
1号の糸の強さはは約4lbで、1号の錘は約4gだと知った。
1ozは28g、1ft=12in=30.48cm…タックル選びは、算数みたいだった。
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2013年03月05日
生い立ち②延べ竿
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中学に進んで、1年の秋だったか・・・弟と2人きりで留守番をすることがあった。
当時は曾祖母も健在で8人家族だったので、子供だけで留守番というのも珍しかったし、弟と2人きりというのは、もしかしたら初のことだったかもしれない。
退屈だったのか、ふと弟が「お兄ちゃん、釣りに行こうよ。」と言った。
自分の返事が渋々だったかまでは覚えてないけど、とりあえず弟に付き合った。
自転車で行ける距離の農業用の貯水池(堤)で、ミミズを使った釣りだった。
幼い頃に父と連れられて釣りに行った時には、仕掛けは用意してもらえていたので当然、自分では何もできない。
ミミズをつけるところまで、弟にやってもらったのかもしれない。
結果は、釣れず。
ただ、ウキがピクピク動くのを見ているだけで妙にワクワクして、間違いなく、その日が自分の中での“釣りを始めた日”になった。
後日、父が釣竿を買い与えてくれた。
3.3mの延べ竿だった。
それからは毎週末、ミミズを買って自転車を乗り回し、とにかくウキを見つめては目を輝かせていた。
昔と違って、父が釣り方を教えてくれるようになった。
仕掛けの結び方、ミミズが底を這うようにウキ下を調整すること。
延べ竿・ミミズ・自転車…色々な魚を釣った。
フナ、オイカワ、クチボソ、ナマズ、コイ、ウナギ、ハゼ、マルタ、ウグイ、アブラハヤ、ヤマメ…時には、ルアーを投げる同級生の隣で、バスまでミミズで釣ったりした。
その頃に道糸に使っていた銀鱗1号が、その後の釣りでも、基準のようなものになった。
1号の糸で切られずに釣り上げることが出来た魚たちを思い浮かべては、また1号の糸で他の釣りに挑戦した。

東レインターナショナル(TORAY) 銀鱗レッツ1号

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当時は曾祖母も健在で8人家族だったので、子供だけで留守番というのも珍しかったし、弟と2人きりというのは、もしかしたら初のことだったかもしれない。
退屈だったのか、ふと弟が「お兄ちゃん、釣りに行こうよ。」と言った。
自分の返事が渋々だったかまでは覚えてないけど、とりあえず弟に付き合った。
自転車で行ける距離の農業用の貯水池(堤)で、ミミズを使った釣りだった。
幼い頃に父と連れられて釣りに行った時には、仕掛けは用意してもらえていたので当然、自分では何もできない。
ミミズをつけるところまで、弟にやってもらったのかもしれない。
結果は、釣れず。
ただ、ウキがピクピク動くのを見ているだけで妙にワクワクして、間違いなく、その日が自分の中での“釣りを始めた日”になった。
後日、父が釣竿を買い与えてくれた。
3.3mの延べ竿だった。
それからは毎週末、ミミズを買って自転車を乗り回し、とにかくウキを見つめては目を輝かせていた。
昔と違って、父が釣り方を教えてくれるようになった。
仕掛けの結び方、ミミズが底を這うようにウキ下を調整すること。
延べ竿・ミミズ・自転車…色々な魚を釣った。
フナ、オイカワ、クチボソ、ナマズ、コイ、ウナギ、ハゼ、マルタ、ウグイ、アブラハヤ、ヤマメ…時には、ルアーを投げる同級生の隣で、バスまでミミズで釣ったりした。
その頃に道糸に使っていた銀鱗1号が、その後の釣りでも、基準のようなものになった。
1号の糸で切られずに釣り上げることが出来た魚たちを思い浮かべては、また1号の糸で他の釣りに挑戦した。

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2013年03月05日
生い立ち①ダボハゼ
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はじめまして☆
KF=カヤックフィッシングのデビューに向けて、準備中の者です!(b^ー°)
まずは自己紹介を兼ねて思い出話から。
釣りが趣味になったのは、釣り好きな父の影響が大きかったと思う。
幼い頃、幼稚園だったか小学校低学年だったか、父に連れられてハゼ釣りやナマズ釣りをしたことを覚えている。
どちらもどの程度を自分でこなしていたか記憶が定かではないけど、ハゼ釣りでは、父が目を離しても弟と交替でエサ付け~針外しまで出来ていたような気もする。
父が漕ぐカヌーで橋桁に渡ったことも、印象に残っている。ナマズ釣りは、父が掛けた竿を渡してもらって、タモ入れまでしてもらっていたと思う。
ただ、楽しかったのかと言うと、今のように自分で考えて釣っているわけではなかったし、子供だから当然、飽きちゃうことも。
釣れなければ退屈だし、釣れ続いても飽きるし・・・そんなわけで、いつからか釣りには興味もなくなっていた。
小学校高学年の頃には、確かバスフィッシングがブームになっていた。
2歳下の弟もバスフィッシングをするようになり、元々バスは釣らない父と、2人で出かけることが多くなった。
自分はと言うと、友達と野球してる方が楽しかった頃だったと思う。

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KF=カヤックフィッシングのデビューに向けて、準備中の者です!(b^ー°)
まずは自己紹介を兼ねて思い出話から。
釣りが趣味になったのは、釣り好きな父の影響が大きかったと思う。
幼い頃、幼稚園だったか小学校低学年だったか、父に連れられてハゼ釣りやナマズ釣りをしたことを覚えている。
どちらもどの程度を自分でこなしていたか記憶が定かではないけど、ハゼ釣りでは、父が目を離しても弟と交替でエサ付け~針外しまで出来ていたような気もする。
父が漕ぐカヌーで橋桁に渡ったことも、印象に残っている。ナマズ釣りは、父が掛けた竿を渡してもらって、タモ入れまでしてもらっていたと思う。
ただ、楽しかったのかと言うと、今のように自分で考えて釣っているわけではなかったし、子供だから当然、飽きちゃうことも。
釣れなければ退屈だし、釣れ続いても飽きるし・・・そんなわけで、いつからか釣りには興味もなくなっていた。
小学校高学年の頃には、確かバスフィッシングがブームになっていた。
2歳下の弟もバスフィッシングをするようになり、元々バスは釣らない父と、2人で出かけることが多くなった。
自分はと言うと、友達と野球してる方が楽しかった頃だったと思う。